「自社でもAIを活用したいが、何から手をつけていいか分からない…」多くの企業のDX担当者が、同じ悩みを抱えています。華々しい成功事例を見聞きするたび、自社の状況とのギャップにため息をつくこともあるでしょう。しかし、成功企業は必ずしも特別な魔法を使ったわけではありません。彼らは、自社の足元にある「最も時間がかかり、誰もが負担に感じている業務」に、真摯に向き合ったのです。今日ご紹介するのは、株式会社宮崎銀行のケース。地方銀行が直面した「融資稟議書作成」という極めてアナログな業務の壁を、生成AIというツールでいかにして乗り越えたのか。あなたの会社の明日を変えるかもしれない、一つのリアルな成功事例を詳しく見ていきましょう。
株式会社宮崎銀行がAIで乗り越えた壁
導入前の課題:膨大な資料と格闘する稟議書作成の日々
地方経済を支える金融機関にとって、融資審査は事業の根幹をなす極めて重要な業務です。そのプロセスにおいて、担当者の大きな負担となっていたのが「融資稟議書」の作成でした。宮崎銀行の融資担当者は、稟議書を一つ作成するために、まず複数の社内システムを横断して顧客の基本情報、財務データ、過去の取引履歴といった膨大な情報を収集する必要がありました。そして、それらの情報を丹念に読み解き、分析し、数十ページにも及ぶ稟議書をMicrosoft Word上で一から書き起こしていたのです。
この作業は、1件あたり数時間を要することも珍しくなく、担当者の業務時間を大きく圧迫していました。さらに、担当者の経験やスキルによって、稟議書の構成や表現のニュアンスにばらつきが生じるという課題も抱えていました。ベテラン行員が持つ暗黙知や判断基準を、組織全体で標準化することが難しかったのです。
何よりも深刻だったのは、この作業が担当者のモチベーションを削いでいたことです。創造性よりも、ミスなく情報を転記・要約する正確性がひたすらに求められる時間。それは、顧客の事業の将来性を深く洞察し、より良い提案を考えるといった、金融機関の行員として最も価値のある業務から彼らを遠ざける「消耗戦」のような時間でした。このままでは、審査プロセスの迅速化が図れないだけでなく、行員の専門性を高め、顧客への提供価値を向上させることも難しい。そんな強い危機感が、変革への第一歩となりました。
解決の鍵:データに基づいたAIの選定と活用
宮崎銀行がこの根深い課題の解決策として着目したのが、生成AIでした。なぜなら、課題の本質が、構造化されたデータの単純な処理ではなく、「情報を解釈し、論理的な文章を組み立てる」という非構造化データの扱いにあったからです。
同行が選んだのは、Google Cloudの生成AIプラットフォーム「Vertex AI」。その決め手は、行内の閉じた環境で、自社が持つデータを安全に活用できる点にありました。AI導入のプロセスは、極めて実践的でした。
まず、過去に蓄積された膨大な稟議書データを、AIの「教師データ」として活用。これにより、宮崎銀行独自の表現や評価の観点、構成のパターンをAIに学習させました。いわば、優秀なベテラン行員の思考プロセスをAIにインストールするような試みです。
次に、このAIを実際の業務フローに組み込みました。新しい業務フローでは、担当者が顧客情報や財務データをシステムに入力すると、AIがそれらの情報を瞬時に分析し、学習したパターンに基づいて稟議書のドラフト(下書き)を自動で生成します。担当者の役割は、ゼロから文章を作成する「作成者」から、AIが生成したドラフトの事実確認を行い、専門的な見地から修正・追記をする「編集者・レビュー担当者」へと大きく変化したのです。
このアプローチの秀逸な点は、AIに全ての判断を委ねるのではなく、最も時間のかかる定型的な文章作成部分をAIに任せ、最終的な判断や高度な分析は人間が行うという「人間とAIの協業」モデルを構築したことです。これにより、現場の行員の心理的な抵抗を和らげつつ、彼らの専門知識や経験を最大限に活かす仕組みを実現しました。
驚きの成果:95%の効率化と、創出された新たな価値
生成AIの導入がもたらした成果は、期待をはるかに超えるものでした。最大のインパクトは、定量的な成果として現れた「稟議書作成時間の95%削減」です。これまで1件あたり数時間を費やしていた作業が、わずか数分から十数分で完了するようになりました。これは単なる時短ではありません。融資審査プロセス全体のリードタイムを劇的に短縮し、資金調達を急ぐ顧客のニーズに迅速に応えることを可能にしました。顧客満足度の向上に直結する、大きな競争力となったのです。
しかし、この改革の本質的な価値は、むしろ定性的な成果にありました。一つは、「行員の働き方の質の変革」です。単純作業から解放された行員たちは、これまで十分に時間を割けなかった業務に集中できるようになりました。例えば、顧客の事業内容をより深くヒアリングし、将来性や潜在的なリスクを多角的に分析する。あるいは、融資だけでなく、経営課題全体に対するソリューションを提案する。AIが生み出した「時間」は、行員一人ひとりが専門性を高め、より付加価値の高い仕事に取り組むための「考える時間」へと変わったのです。
もう一つの大きな価値は、「ナレッジの民主化」です。AIは、過去の優れた稟議書のパターンを学習しています。そのため、経験の浅い若手行員でも、AIが生成した質の高いドラフトを基に作業を進めることができます。これは、ベテランの知見やノウハウが組織全体に共有され、全体のスキルレベルを底上げする効果をもたらしました。AIが、組織のナレッジ継承という重要な役割の一端を担い始めたのです。
明日から真似できる!この事例から学ぶべき3つのポイント
- ポイント1:課題を極限まで絞り込む。「AIで何かできないか?」という漠然とした問いからではなく、「融資稟議書作成の時間をなくしたい」という、具体的で切実な課題設定からスタートしたことが成功の最大の鍵です。あなたの会社でも、まずは業務プロセスの中で最も非効率で、多くの社員が負担に感じている「一点」を見つけ出すことが、AI導入成功の第一歩となります。
- ポイント2:完璧を目指さず「下書き」から任せる。AIに100%完璧な成果物を求めるのではなく、人間の「優秀なアシスタント」として位置づける発想が重要です。AIが8割のドラフトを作り、人間が専門家として残りの2割を仕上げる。この協業モデルは、導入の心理的・技術的ハードルを大きく下げ、現場にスムーズに受け入れられる可能性を高めます。
- ポイント3:自社に眠る「データという資産」を掘り起こす。宮崎銀行の成功は、過去の稟議書という「現場の知見が詰まったデータ」があったからこそ可能になりました。あなたの会社にも、過去の提案書、議事録、顧客からの問い合わせ履歴、日報など、AIを賢くするための貴重な「教師データ」が眠っているはずです。まずはその存在を認識し、資産として活用する視点を持ちましょう。
宮崎銀行の事例は、AIが単なる業務効率化ツールにとどまらず、社員から単純作業を解放し、創造的で付加価値の高い「考える時間」を与える強力なパートナーになり得ることを示しています。最先端の技術も、まずは身近な一つの課題を解決することから始まります。あなたの会社では、まずどの「書く」作業をAIという優秀なアシスタントに任せられそうでしょうか?
免責事項:本記事で紹介する事例は、公開情報に基づいています。情報の正確性、完全性、最新性を保証するものではなく、同様の成果を保証するものでもありません。AIソリューションの導入を検討される際は、ご自身の責任において詳細な調査と比較検討を行ってください。
