「自社でもAIを活用したいが、何から手をつけていいか分からない…」多くの企業のDX担当者が、同じ悩みを抱えています。華々しい成功事例を見聞きするたび、自社の現状とのギャップにため息をつくこともあるかもしれません。しかし、成功企業は決して魔法を使ったわけではありません。彼らは、自社の業務に潜む「見えないコスト」と真摯に向き合い、解決策としてAIというツールを的確に選択したのです。今日ご紹介するのは、金融業界のコールセンターという、極めて高い正確性と丁寧さが求められる現場でのリアルな成功事例。多くの企業が抱える「記録業務の非効率」という根深い課題に、三井住友トラストTAソリューションズがどう立ち向かい、驚くべき成果を上げたのか。あなたの会社の明日を変えるかもしれない、その軌跡を詳しく見ていきましょう。
三井住友トラストTAソリューションズがAIで乗り越えた壁
導入前の課題:『沈黙の時間』に忙殺される日々
コールセンターのオペレーターにとって、顧客との対話が終わった瞬間から、もう一つの重要な業務が始まります。それは「応対履歴」の作成です。顧客からどのような問い合わせがあり、どのように回答し、何が解決したのか。その詳細を正確に、かつ簡潔にシステムへ入力するこの作業は、サービスの品質を担保し、次の担当者へ情報を引き継ぐために不可欠なプロセスです。しかし、三井住友トラストTAソリューションズの現場では、このプロセスが大きな負担となっていました。オペレーターは顧客との会話の記憶が新しいうちに、急いで要点をまとめ、タイピングしなければなりません。1件あたり数分から十数分。この『沈黙の時間』は、1日の終わりには積み重なり、オペレーターの残業時間の大きな要因となっていました。特に、複雑な金融商品に関する問い合わせの後では、正確な記録を残すためのプレッシャーは計り知れません。新人オペレーターにとっては、この記録業務が大きな壁となり、研修期間が長引く一因にもなっていました。経営層は、この付加価値を直接生み出さないながらも膨大な時間を消費する業務を、深刻な経営課題として認識していました。オペレーターが本来注力すべき、顧客との対話の質を高めることや、より高度なスキルを習得するための時間が、記録という作業に奪われていたのです。
解決の鍵:データに基づいたAIの選定と活用
この根深い課題に対し、同社が取ったアプローチは、単に便利なツールを探すことではありませんでした。まず行ったのは、業務プロセスの根本的な見直しです。オペレーターの業務を分解し、「顧客と対話し、課題を解決する」というコア業務と、「対話内容を記録する」という付随業務に切り分けました。そして、後者をテクノロジーの力で効率化・自動化できないか、という発想に至ります。そこで白羽の矢が立ったのが、AIによる音声認識と自然言語処理技術でした。同社は、複数のAIソリューションを徹底的に比較検討しました。評価の軸は明確でした。第一に、金融業界特有の専門用語を正確に認識し、会話の文脈を理解して要約できる「精度」。第二に、既存の顧客管理システム(CRM)とスムーズに連携できる「拡張性」。そして第三に、日々の業務で使うオペレーターがストレスなく直感的に操作できる「UI/UX」です。これらの厳しい基準をクリアしたのが、AIが会話内容を自動で要約するシステムでした。さらに、応対中に顧客情報や関連FAQを画面にポップアップ表示するオペレーター支援システムも併用することを決定。これにより、「記録」の自動化だけでなく、「対話」そのものの質の向上も狙ったのです。導入は慎重に進められました。まず一部のチームで試験的に導入し、現場のオペレーターから詳細なフィードバックを収集。AIが生成する要約文の精度や表現について現場の意見を反映させながらチューニングを重ね、誰もが「使える」と納得できるレベルにまで品質を高めた上で、全部門へと展開していきました。
驚きの成果:年間9,200時間の創出と、オペレーターの『プロ化』
AI導入がもたらした成果は、経営層の期待を遥かに超えるものでした。最も象徴的なのが、定量的な成果です。応対履歴の作成にかかる時間が劇的に短縮された結果、従業員の総労働時間を年間で約9,200時間も削減することに成功しました。これは、全労働時間の約1割に相当するインパクトです。しかし、この成果の本質は、単なるコスト削減に留まりません。本当に価値があったのは、創出された9,200時間という「新たな時間」の使い道でした。これまで記録業務に追われていたオペレーターたちは、そのプレッシャーから解放され、顧客一人ひとりとの対話に、より深く集中できるようになりました。創出された時間は、商品知識を深めるための研修や、複雑な案件に対応するためのロールプレイング、さらには顧客へのより良い提案を考えるためのディスカッションなど、付加価値の高い業務に再投資されました。結果として、オペレーターの専門性は飛躍的に向上し、彼らは単なる「電話を受ける人」から、顧客の資産形成を支援する「プロフェッショナル」へと変貌を遂げたのです。従業員のエンゲージメントと満足度の向上は、離職率の低下にも繋がり、組織全体の安定と成長に貢献しました。AIは単に業務を効率化しただけでなく、社員の働きがいを創出し、それが巡り巡って顧客満足度の向上という、企業の根幹を成す価値に繋がる好循環を生み出したのです。
明日から真似できる!この事例から学ぶべき3つのポイント
- 課題の特定は『ボトルネック業務』から:全社的なAI導入といった大きなテーマから始める前に、まず現場で最も時間がかかり、付加価値が低い『ボトルネック業務』は何かを特定することが成功の第一歩です。三井住友トラストTAソリューションズの場合は、それが『応対履歴の作成』という、具体的で誰もが課題だと認識している業務でした。
- AIは『人間の代替』ではなく『人間の拡張』:AIに全ての業務を任せるのではなく、AIが得意な『記録・要約』と、人間が本来やるべき『共感・傾聴・提案』を明確に切り分けた点が成功の鍵です。AIを人間の能力を拡張し、より創造的な仕事に集中させてくれるパートナーと捉えることで、導入後の価値を最大化できます。
- スモールスタートで現場を巻き込む:いきなり全社展開を目指すのではなく、一部のチームで試験的に導入し、効果を測定しながら改善を重ねるアプローチが不可欠です。導入プロセスの早い段階から現場の担当者を巻き込み、そのフィードバックを真摯に受け止め、共にシステムを作り上げていく姿勢が、最終的な定着と成功に繋がります。
三井住友トラストTAソリューションズの挑戦は、AIが単なるコスト削減ツールではなく、従業員の働きがいを向上させ、企業の競争力を根本から変革する戦略的な投資であることを力強く示しています。この事例から学べるのは、特別な技術力や大規模な組織改革がなくても、身近な業務に潜む「非効率」に真摯に向き合うことからDXは始まる、という普遍的な真実です。AI導入は、まず小さな一歩から始まります。あなたの会社では、どこから始められそうでしょうか?
免責事項:本記事で紹介する事例は、公開情報に基づいています。情報の正確性、完全性、最新性を保証するものではなく、同様の成果を保証するものでもありません。AIソリューションの導入を検討される際は、ご自身の責任において詳細な調査と比較検討を行ってください。

