AIのアカウントが狙われると何が困るのか
AIとのやり取りは、多くのサービスで履歴として残ります。仕事で使っていれば、そこには顧客への提案、社内の相談、数字の入った下書きが並びます。
メールの受信箱は、雑多なお知らせに埋もれています。AIの履歴は違います。社員が「要点をまとめて」と頼んだ結果なので、会社の大事な話ほど、短く整理された形で残っています。
乗っ取った側は、その履歴を読むだけでなく、本人になりすましてAIを使うこともできます。有料プランなら、会社のお金で他人がAIを使い続けることにもなります。だからこそ、AIのアカウントはメールや銀行と同じ重さで守る必要があります。
数字で見る不正アクセスの今
国家公安委員会・総務大臣・経済産業大臣は、毎年1回、不正アクセスの状況を公表しています。2026年3月12日に出た「不正アクセス行為の発生状況及びアクセス制御機能に関する技術の研究開発の状況」(警察庁掲載版)によると、2025年の認知件数は7,190件でした。前年より1,832件、約34.2%の増加です。
5年前と比べると、伸びはさらに目立ちます。2021年の認知件数は1,516件だったので、4年で約4.7倍になりました。同じ資料は総務省の報道資料「不正アクセス行為の発生状況及びアクセス制御機能に関する技術の研究開発の状況」からも読めます。
AIそのものの危険も、公的な順位に入りました。情報処理推進機構(IPA)の「情報セキュリティ10大脅威 2026」では、組織向けの3位に「AIの利用をめぐるサイバーリスク」が初めて選ばれました。AIを使う会社にとって、アカウントの守りは避けて通れない話になっています。
IDとパスワードはどこから漏れるのか
前述の資料では、2025年に検挙された不正アクセス行為のうち、他人のIDとパスワードを使った型が399件でした。全体の90%以上です。壁を壊して入るより、鍵を手に入れて入るほうが圧倒的に多いのです。
手口で最も多いのは「パスワードの設定・管理の甘さにつけ込んで入手」の84件(21.1%)です。次が偽のログイン画面に入力させる「フィッシングサイトから入手」の77件(19.3%)でした。どちらも、使う人の側の習慣で防げるものです。
見落としやすいのが、IDを知り得る立場にあった元従業員や知人等による犯行の61件(15.3%)です。外からの攻撃だけでなく、辞めた人が使っていたIDも入口になります。
守り1:パスワードを使い回さない
最も多い手口への答えは、パスワードの作り方と使い方です。前述の公表資料は、利用者が講ずべき措置として、複数のサイトで同じIDとパスワードの組み合わせを「パスワードを使い回さない」よう注意すると明記しています。
使い回しが危ないのは、どこか1か所で漏れると、同じ組み合わせで他のサービスにも入られるからです。AIのアカウントを、昔から使っている私用のパスワードで作っている社員は珍しくありません。
同じ資料は、名前・電話番号・生年月日など推測されやすいパスワードも避けるよう求めています。覚えられない長さにして、パスワード管理の仕組みに任せるのが現実的です。メモアプリに保存したパスワードが盗まれたとみられる例にも触れているので、保存場所も会社で決めておきましょう。
守り2:二要素認証とパスキーをオンにする
二つめの守りは、パスワードが漏れても入られない仕組みです。前述の資料は、ワンタイムパスワード等の二要素認証の利用を勧めています。二要素認証とは、パスワードに加えて、手元のスマホに届く確認などをもう1つ求める方式です。
さらに管理する側には、フィッシングに強い認証技術として「パスキー」の積極的な導入を求めています。パスキーは、パスワードを使わずに端末の指紋や顔で本人を確かめる方式です。偽のサイトでは認証が働かないため、フィッシングに引っかかりにくくなります。
| 比べる点 | パスワードだけ | 二要素認証 | パスキー |
|---|---|---|---|
| パスワードが漏れたら | そのまま入られる | 2つめの確認で止まる | 漏れるパスワードがない |
| 偽のログイン画面 | 入力すると盗まれる | 確認コードまで盗まれることがある | 偽サイトでは認証が働かない |
| 社員の手間 | 少ない | ログイン時に1手間増える | 指紋や顔で済み少ない |
| 始め方 | 設定不要 | 設定画面でオンにする | 対応サービスで登録する |
まずは、使っているAIサービスの設定画面に「二要素認証」「2段階認証」「パスキー」の項目があるか確かめてください。あるなら、今日オンにするのがいちばん安上がりな対策です。
守り3:辞めた人と委託先のIDをすぐ止める
3つめは、会社の側でしかできない守りです。前述の資料は、元従業員や委託先業者による不正アクセスが起きているとして、使う立場でなくなった人のIDの削除やパスワードの変更を速やかに行うよう求めています。
不正に使われたサービスでは、「社員・会員用等の専用サイト」が122件(30.6%)で最多でした。社内向けの仕組みほど、関係者のIDが狙われやすいことが分かります。
中小企業では、1つのAIアカウントを部署で共有していることもあります。この場合、誰か1人が辞めるたびにパスワードを変える必要があります。共有をやめ、1人1アカウントにすると、止めるべきIDがはっきりします。
会社で決める3つの守り
3つは、どれも社員の努力だけに任せると続きません。「誰が・いつ・何を確かめるか」を会社のルールとして書くことで、初めて全員にそろいます。
特に3つめは、退職の手続きの中に入れてしまうのが確実です。保険証の回収や最終給与の連絡と同じ用紙に、「AIを含む業務用アカウントの停止」の欄を1行足してください。AIの利用ルール全体の作り方は社員向けAI利用ルールの作り方で整理しています。
乗っ取られたかもと思ったときの動き方
「見覚えのないログインの通知が来た」「履歴に知らない質問がある」。そんなときは、まずパスワードを変え、全端末からログアウトすることです。二要素認証がオフなら、その場でオンにします。
次に、履歴の中に顧客や従業員の個人情報がなかったかを確かめます。個人情報が漏れたおそれがあるときの社内外への伝え方は、個人データが漏れたときのお知らせの書き方で解説しています。
被害が出ているときは、都道府県警察のサイバー犯罪相談窓口に相談できます。「大げさかも」と迷う段階で、社内の責任者に一報を入れる決まりにしておくと、対応が遅れません。
慌てて履歴を消さない
乗っ取りに気づくと、恥ずかしさから履歴を消したくなります。けれども履歴は、何を読まれたかを知る手がかりです。消す前に、責任者と一緒に中身を確かめてください。
今週やる4歩とプロンプト
手順1は、社内で使っているAIを書き出すことです。誰が・どのサービスを・会社と個人どちらのアカウントで使っているかを一覧にします。手順2で二要素認証を全員オンにし、手順3で共有アカウントを社員ごとに分けます。手順4は、退職の手続きの用紙に停止の欄を足すことです。
社員に配る案内文は、AIに下書きさせると早くできます。社名や個人名は入れずに、次の文を送ってください。
AIの案に、実在しない設定の名前が混じることがあります。各サービスの設定画面と照らし合わせてから配ってください。
よくある質問(Q&A)
ChatGPTとかのAIのアカウントって、乗っ取られることあるの?
あります。AIに限らず、IDとパスワードで入るサービスはすべて狙われます。2025年の不正アクセスは前年より3割以上増え、多くは盗んだIDとパスワードでの侵入でした。使い回しをやめ、二要素認証をオンにするのが基本の守りです。
二要素認証って面倒じゃない?社員が嫌がりそう。
ログインのたびに1手間増えるのは確かです。ただ、パスワードが漏れても入られないという効果は大きく、手間に見合います。指紋や顔で済むパスキーに対応したサービスなら、手間はむしろ減ります。
辞めた社員が使ってたAIのアカウントはどうすればいい?
会社のアカウントなら、退職日に停止するかパスワードを変えます。共有していた場合は、必ずパスワードを変えてください。退職の手続きの用紙に「AIを含むアカウントの停止」の欄を足すと、抜け漏れがなくなります。
まとめ
- AIの履歴は、会社の大事な話が要約された形で残る場所。メールや銀行と同じ重さで守る。
- 2025年の不正アクセスの認知件数は7,190件で、前年より34.2%増えた。多くは盗んだIDとパスワードでの侵入。
- 守りは3つ。パスワードを使い回さない、二要素認証をオンにする、辞めた人のIDをすぐ止める。
- 個人の努力に任せず、退職の用紙や社内ルールに書いて全員にそろえる。
まずは今日、自分が使っているAIの設定画面を開いてみてください。二要素認証の項目がオンになっているかを確かめるだけで、最初の1歩になります。