「在宅をやめます」——増える出社回帰
コロナ禍が始まった2020年、多くの会社が半ば強制的に在宅勤務へ切り替えました。通勤のない働き方は一度は当たり前になり、「もう元には戻らない」とも言われました。ところが2024年から2026年にかけて、その流れが逆回転を始めます。とくにIT企業を中心に、「原則、出社してください」と社員に呼びかける会社が次々と現れたのです。
この「出社回帰」は、日本だけの現象ではありません。アメリカでは、アマゾンが2025年から社員をオフィスへ完全に戻しました。日本では、2026年7月にGMOインターネットグループが在宅勤務の推奨をやめると発表し、新聞・テレビ・ネットで大きな話題になりました。なぜ、便利だったはずの在宅勤務を手放すのか。そして、その判断は中小企業にも関係があるのか。まずは事実から順番に見ていきます。
GMOで何が起きたのか(日本のIT大手)
GMOインターネットグループは、レンタルサーバーやネット金融などを手がける、社員数千人規模のIT企業です。同社は2020年1月、約4,000人を対象に一斉在宅勤務へ切り替えました。コロナ禍の初期としては、国内でもかなり素早い決断でした。当時の社内アンケートでは、在宅勤務を前向きに評価する社員が多数を占めていたと報じられています。
その後、同社の方針は段階的に変わっていきます。2023年2月には「週3日出社・週2日在宅」の推奨をやめ、グループとして出社を基本の形に戻しました。それでも週1日ぶんの在宅は「推奨」として残っていましたが、2026年7月、この最後の推奨も終了すると発表します。同社の会長兼社長が7月14日に明らかにしたもので、実に6年半続いた在宅勤務の推奨に区切りをつける判断でした。
発表の直後、会長がSNSに書いた「時間あたりのパソコンのタイピング数が減っている」という説明が独り歩きし、大きな議論を呼びました。「打鍵数だけで在宅を否定するのか」という批判です。会長はのちに、タイピングの話だけで判断したわけではないと釈明し、自らの真意をあらためて文章で示しました。その中身は後半でくわしく紹介します。なお同社は、介護・育児・通院といった個別の事情がある場合は、人事部門と相談のうえ柔軟に対応するとしています。在宅という働き方そのものを全否定したわけではない点は、押さえておく必要があります。
海の向こうでも同じだった(アマゾンの週5出社)
同じ「出社回帰」は、アメリカのIT大手でも、より強い形で起きていました。代表例が、世界最大級のネット通販会社アマゾンです。同社は2024年9月16日、オフィスで働く社員に、2025年1月から週5日の出社を求めると発表しました。それまでは週3日の出社が基本だったので、大きな方針転換です。対象となったのは、およそ35万人にのぼるオフィス勤務の社員でした。
アマゾンのCEOは、その理由を「一緒に働くことの利点は大きい」と説明しています。対面のほうがチームはうまく機能し、会社の文化も強まるという考え方です。ただし社員の受け止めは冷ややかでした。ある調査サービスが発表直後に約2,600人の社員に聞いたところ、9割超がこの方針に不満を示し、7割超が「転職を考える」と答えたと報じられています。会社の号令と現場の気持ちのあいだには、大きな溝がありました。
動きはアマゾンだけではありません。2025年に入ると、パソコン大手のデルが、オフィスの近くに住む社員へ週5日の出社を求めると発表。グーグルの一部部門も、在宅だった社員に週3日の出社を求めました。アップルやメタなども、以前から週3日前後の出社を課しています。半年から1年のあいだに、名だたるIT企業がそろって出社を強める——それが2025年から2026年の空気でした。
日米で進む「出社回帰」
日米の代表的な動きを並べると、国も業種も違うのに、驚くほど似た形が見えてきます(図1)。
数字でも、この流れははっきり出ています。日本の調査では、週3日以上テレワークする人の割合は2025年春で約32%まで下がり、コロナ禍以降でほぼ最低の水準になりました。別の調査では、2025年の出社頻度は「週5日」がもっとも多いという結果も出ています。一方で興味深いのは、仕事を探す人の側では、在宅で働きたいという希望はむしろ根強いことです。会社は出社へ、働き手は在宅へ。両者の向きは、いまもきれいにそろってはいません。
号令と実態のあいだにあるズレ
ここで、少し立ち止まって考えたいことがあります。会社が「出社しなさい」と号令をかければ、本当にみんなが出社し、成果が上がるのでしょうか。実は、そう単純ではないことを示すデータがあります。
働き方を長く研究してきたアメリカの経済学者は、こう指摘しています。会社が出社を求めても、入館証(バッジ)の記録や携帯電話の位置データといった「ごまかせないデータ」を見ると、実際に出社する人はさほど増えていない、と。号令は出ても、現場は必ずしもその通りには動いていない、というわけです。実際、社員が完全に出社へ戻った会社は、全体の3割ほどにとどまるとも言われます。
アマゾンの例が示すように、強い出社命令は社員の不満や離職の意向を高めます。つまり、「とにかく出社」という号令だけでは、うまくいかないのです。だからこそ大切になるのが、「なぜ集まるのか」を言葉にすることです。ただ机に戻ってもらうためではなく、集まることに意味があると全員が納得できる理由。GMOの会長が示したのは、まさにこの「理由」の部分でした。
会長が語った「真意」=オフィス価値の再定義
GMOの会長は、タイピング数の話が独り歩きしたことをわびたうえで、今回の判断の本当の狙いを文章で明らかにしました。要約すると、その中心にあるのは「在宅か出社か」という対立ではなく、AI時代におけるオフィスの価値の再定義という考え方です。同社の説明にそって、要点を三つに整理します。
一つめは、人とAIの役割分担です。会長は、AIに任せられる作業はAIに任せ、人はより創造的な議論・意思決定・学び合いに時間を使うべきだと述べています。情報を集める、論点を整理する、たたき台を作る——こうした作業はAIが得意です。一方、答えのない問いに仲間と向き合い、表情や間や空気まで含めて議論し、全員が納得して決める。そこには、人が直接顔を合わせる大きな価値が残っている、という主張です。だからこそ「出社の価値はAI時代にむしろ上がっている」と会長は言います。
二つめは、AI環境と人・オフィスの融合です。同社は高性能なAI用の計算基盤を事業として持ち、社内でもAI活用を強く推し進めています。会長自身がグループのAI変革の責任者を兼務し、2026年7月にはAI推進の専門部署を新設したとしています。こうしたAIの力を最大限に生かすために、あえて人が集まる場を選ぶ、というのが会社の説明です。
三つめは、生産性を高い報酬として社員へ還元するという目標です。同社は自社の説明として、AIエージェントを業務に使う割合がグループ全体で約7割に達し、社員1人あたり月に50時間を超える時間を削減できたと述べています(数値は同社公表による)。他社に先んじてAI化を進め、その先行利益を高い報酬として社員に返す——その最適解が、現時点では対面による素早い意思決定だ、というのが結論でした。出社は目的ではなく、成果を最大化するための手段として語られているのです。
AI時代の役割分担
会長の主張を、中小企業にも使える形にほどいてみましょう。核にあるのは、図2のような役割分担の考え方です。
ポイントは、AIと出社を対立させていないことです。AIに任せる作業が増えるほど、人にしかできない時間の密度を上げようという発想です。集める・整える・下書きするといった手を動かす作業をAIに寄せれば、人が向き合う時間には、答えのない相談や、その場でしか伝わらない学び合いが残ります。ならば、その残った時間こそ、顔を合わせて過ごす価値がある——これがGMOの言う「オフィス価値の再定義」の骨格です。逆に言えば、AIを使いこなさないまま出社だけ増やしても、この理屈は成り立ちません。
本当の論点は「在宅か出社か」ではない
ここまで読むと、出社回帰のニュースの見え方が少し変わってきたのではないでしょうか。多くの報道は「在宅か、出社か」という対立の枠で語ります。しかし、GMOの説明を丁寧に読むと、本当の問いは別のところにあります。それは、人にしかできない価値を、どうすれば最大化できるかという問いです。
働く場所は、その問いに答えるための手段にすぎません。答えのない意思決定や、新人への教え合いが多い会社なら、集まる価値は高いでしょう。反対に、一人で黙々と進める作業が中心なら、在宅のほうが集中できるかもしれません。大事なのは「どこで働くか」ではなく「集まった時間に何をするか」です。ただ出社しても、全員が黙ってパソコンに向かうだけなら、通勤の負担が増えるだけになりかねません。
つまり出社回帰の本質は、時代の逆行ではありません。AIが作業を肩代わりし始めたからこそ、人が集まる時間の中身を問い直すという、前向きな問いかけなのです。この問いは、大企業だけのものではありません。むしろ、一人ひとりの役割が大きい中小企業ほど、切実に効いてきます。
中小企業にとっての意味
「これは何千人もの大企業の話で、うちには関係ない」と思われたかもしれません。しかし、中小企業だからこそ考える価値があります。理由は二つあります。
一つは、少人数ほど「集まる時間」の一回一回が重いからです。数人〜数十人の会社では、一度の打ち合わせで決まることが、会社の方向を大きく左右します。だからこそ、その貴重な時間を、AIに任せられる作業報告や資料の読み上げに使ってはもったいない。集まったときは、答えの出ていない相談や、判断、教え合いに絞る。事前の情報整理や議事録づくりはAIに寄せる。この切り分けが、少人数の会社では特に大きな差になります。
もう一つは、無理な一律ルールが人材流出につながるからです。アマゾンの例が示すように、事情を無視した一律の出社命令は、社員の不満と離職を招きます。採用に苦労する中小企業にとって、これは大きなリスクです。GMOも、介護や育児などの個別事情には柔軟に対応するとしています。「全員が毎日出社」か「全員が在宅」かの二択で決めず、集まる意味のある日を選んで設計する——それが現実的な落としどころです。まずは自社の仕事を、AIに任せる作業と、人が顔を合わせてやることに仕分けるところから始めましょう。
AIに任せる作業・人が集まってやること
その仕分けの目安を、図3にまとめました。左はAIに寄せてよい作業、右は人が集まってやる価値が高いことです。
この図の使い方はかんたんです。ふだんの会議の議題を、この左右のどちらかに割り振ってみてください。左に入るもの——たとえば数字の共有や資料の説明——は、事前にAIでまとめて配れば、集まる前に済ませられます。すると会議の時間は、右側の「答えのない議論」や「意思決定」に集中できます。出社日は、右側のためにあると考えると、集まる意味がはっきりします。どの業務を任せられるかの見極めは、AIエージェント入門の記事やAIを前提に仕事を見直す記事もあわせて参考にしてください。
中小企業が今日から決める3つのこと
大がかりな制度改革は要りません。お金もかかりません。今日から決められる3つのことに絞ります。
1つめは、「集まる日」に何をするかを決めること。出社日を作るなら、その日を「作業日」ではなく「相談と決定の日」と位置づけます。報告や情報共有は事前にAIでまとめて配り、集まったら議論と意思決定に使う。これだけで、出社の納得感がまるで変わります。
2つめは、AIに寄せる作業を名指しで決めること。「議事録の整形」「情報の下調べ」「資料のたたき台」など、AIに任せる作業を具体的に決めます。人の時間を空けるためにAIを使う、という順番を社内で共有します。何を任せるかの仕分けは、AIの使いどころを見分ける記事が役立ちます。
3つめは、一律にせず個別事情に配慮すること。介護・育児・通院・遠距離など、事情は人それぞれです。GMOも大企業でありながら個別対応を明言しました。全員一律のルールより、集まる意味のある日を選んで柔軟に運用するほうが、少人数の会社では定着します。号令だけで進めると、AI導入で失敗する会社の共通点と同じ轍を踏みかねません。
場の使い方チェックリスト
自社の働き方を、次の5つで点検してみてください。
- 集まる日に「議論と決定」を置いている
- 報告・情報共有は事前にAIでまとめている
- AIに任せる作業を名指しで決めている
- 出社を「作業」で埋めてしまっていない
- 個別事情に柔軟に対応する仕組みがある
会議の議題をAIに仕分けてもらうときは、次のプロンプトがそのまま使えます。議題を自社のものに置きかえてください。
よくある質問(Q&A)
結局、在宅勤務はやめたほうがいいのですか?
いいえ、そう単純ではありません。GMOも在宅という働き方を全否定したわけではなく、介護・育児などの個別事情には柔軟に対応するとしています。大切なのは在宅か出社かの二択ではなく、集まる時間に議論や決定という「人にしかできないこと」を置けているかどうかです。
出社を増やせば生産性は上がりますか?
出社そのものが成果を保証するわけではありません。研究では、号令をかけても実際の出社や成果は必ずしも増えないと指摘されています。増えるのは、集まった時間に議論・決定・学び合いを置き、作業をAIに寄せたときです。ただ机に戻すだけでは逆効果になりかねません。
大企業の話で、うちのような小さな会社には関係ないのでは?
むしろ少人数ほど関係します。一度の打ち合わせが会社の方向を左右するからです。作業報告や資料説明をAIに寄せ、集まった時間を相談と決定に絞る。この切り分けは、人数が少ない会社ほど大きな差になって表れます。
まとめ
- GMOは在宅推奨を終了、アマゾンは週5出社へ。日米で出社回帰が進む。
- 真意は時代の逆行ではなく、AI時代のオフィス価値の再定義。
- 作業はAIへ、集まる時間は議論・決定・学び合いに絞る。
在宅から出社へ——一見すると後ろ向きに見えるこの揺り戻しの底には、「AIが作業を肩代わりする時代に、人はどこで何をすべきか」という新しい問いがありました。GMOの会長が示した答えは、出社そのものではなく、人にしかできない価値を最大化するために場を選ぶという考え方です。中小企業に必要なのは、大がかりな制度でも高価なツールでもありません。次の一歩は、たった一つの問いです。「今度の打ち合わせは、本当に集まってやるべきことだろうか?」——その問いを議題ごとに立てるだけで、あなたの会社の「集まる時間」は、ぐっと濃くなります。
「タイピング数が減った」という一言だけが切り取られ、炎上に近い形で広がったのを見て、もったいないと感じました。その言葉の奥にあった主張——AIに作業を任せるからこそ、人が集まる時間の価値が上がる——のほうが、はるかに本質的だったからです。出社か在宅かという二択の綱引きは、もう少し先の議論を隠してしまいます。問うべきは場所ではなく、集まった時間の中身です。
中小企業の皆さまにお伝えしたいのは、これは制度の話ではなく、時間の使い方の話だということです。大企業のように立派なオフィスもAI基盤もなくてかまいません。必要なのは、次の会議の議題を「AIに任せられること」と「顔を合わせて決めること」に仕分ける、その一手間だけです。作業をAIに寄せ、空いた時間を相談と決定に使う。小さな会社ほど、この切り替えは驚くほど早く効きます。次回は、AIを前提に日々の仕事の段取りそのものを見直す方法へと進みます。
── AutoAIPlatform編集部