コメント欄の前で、手が止まる
点数の欄は五分で埋まったのに、その下の「所見」「来期への期待」で三十分固まってしまう。評価が決められないのではなく、決めた評価を言葉にできないのです。中小企業では評価者が課長や店長で全員が現場と兼務のため、コメントの執筆は夜と休日に持ち帰る作業になります。
そして時間をかけて絞り出したコメントが、必ずしも本人に届くとは限りません。「よく頑張ってくれました。来期も期待しています」——受け取った本人が翌日から何を変えればよいのかは分かりません。時間もかかっているのに、伝わってもいない。この二重の損が、多くの会社で起きています。
評価コメントが書けない3つの理由
理由1・半年前の出来事を覚えていない。記憶に残っているのは直近一か月だけで、コメントが最近の話に偏ります。書けない理由の半分は、材料が手元にないことです。
理由2・語彙が尽きる。五人分書くと三人目あたりから同じ言葉が出てきます。本人が読めば去年と同じ文だと気づき、同じ表現の使い回しは「見ていない」という合図として受け取られます。
理由3・厳しいことをどう書けばよいか分からない。改善してほしい点があるのに「引き続き努力を期待します」で終わらせてしまい、本人には課題が伝わらない。理由1は記録の問題、理由2と3は文章の型の問題。記録は人が集めるしかありませんが、型はAIが持っています。だから分担が成立します。
AIに任せる線、人が決める線
| 区分 | AIに任せてよい | 人が決める |
|---|---|---|
| 材料 | 事実の時系列整理 | 点数 |
| 文章 | 敬語の水準そろえ | 昇給や賞与への反映 |
| 推敲 | 重複表現の発見 | 本人への伝え方 |
| 面談 | 質問候補の作成 | 来期の目標 |
AIに任せてよいのは、すでに人が決めた内容を読みやすい形に整えるだけの作業です。点数や昇給への反映、本人への伝え方は人が決めます。AIはもっともらしい文章を返しますが、責任は取りません。
「参考までに点数を出させる」も避ける
実務でいちばん起きやすいのが「参考としてAIにも点数を出させてみる」という使い方です。一度数字を見てしまうと、その数字から離れて考えることが難しくなります。点数は自分で確定させてから、文章づくりに入ってください。
社員の情報をAIに入れる前に
個人情報保護委員会は2023年6月2日に「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等について」を公表しています。要点は二つ。入力する個人情報が、特定した利用目的の達成に必要な範囲内かをあらかじめ確認すること。そして入力内容が機械学習に利用されないことを確認することです。
答えは単純で、個人が特定できる形にしないこと。名前は「Aさん」、金額は「目標比◯%」。この置き換えでAIが返す文章の質はほとんど落ちません。AIは文章の型を持っているだけで、その人が誰かを知る必要はないからです。特に注意が必要なのが健康状態と家庭の事情。評価の背景事情は自分の頭の中に置いたまま、文章の材料としては渡さないのが原則です。
社内ルールを一行決めておく
「評価コメントの作成にAIを使ってよい。ただし氏名・社員番号・金額は入力しない」。禁止だけを掲げると隠れて使われて把握できなくなります。使ってよい範囲を書いたほうが、結果として守られます。ルールづくりは社員向けAI利用ルールの作り方へ。
評価コメントをAIで下書きする4ステップ
第1歩・事実を集める。いきなり書き始めないことが最大のコツです。担当した案件、達成した数字、うまくいかなかった場面。「4月新規3件」「6月納期遅れ1回原因は確認不足」で十分。ここを飛ばすと、AIが返すのは誰にでも当てはまる一般論だけになります。
第2歩・3つの言い方を出させる。一案だけでは良し悪しが判断できません。率直・標準・やわらかめの三段階を並べて読むと、自社の文化に合う強さがはっきりします。第3歩・事実を人が確認する。渡していない数字や出来事が混ざっていないか確認します。「前年比120%を達成し」と書かれていても、その数字を渡していないなら削除です。
第4歩・自分の言葉に直す。特に書き出しの一文と、期待を伝える最後の一文。この二か所はAIの表現をそのまま使わず、面談で自分の声で違和感なく言えるかを基準に置き換えます。面談の質問候補をAIに出させるのも有効ですが、面談の記録をAIに要約させるなら、必ず先に本人へ伝えます。
そのまま使えるプロンプト
第2歩で使う型です。氏名や金額は入れず、「Aさん」「目標比◯%」に置き換えて使います。
肝は条件4と条件5です。条件4がないとAIは頼んでいないのに評価の妥当性について意見を書いてきます。条件5はもっとも事故が起きやすい「人格への言及」を、行動の記述に変換させる指示。「消極的な性格」ではなく「会議で発言する機会が少なかった」と書ければ、本人は次に何をすればよいか分かります。
必ず人が直す4か所と、低い評価の書き方
AIが返した文章は、そのまま貼れる状態にはなっていません。直すのは4か所。①渡していない事実(一つでも違えば、面談で指摘された時点でコメント全体の信用が失われます)、②ほめ言葉の温度(全員が「卓越している」と書かれた評価シートは誰にとっても意味を持ちません)、③五人分並べたときの重複、④来期に期待する行動(その人固有の一文に置き換える)。
もっとも難しいのが、期待に届かなかった人へのコメントです。型は3つ。事実(「今期は納期の遅れが3回ありました」)、影響(「うち2回はお客さまへの連絡が遅れました」)、次の行動(「来期は作業前に仕様の確認手順を決めましょう」)。この三つがそろえば、厳しい内容でも受け取れます。
やわらかくしすぎて、課題が消えないように
「AIが決めた」と思わせないために
総務省と経済産業省の「AI事業者ガイドライン」(2026年3月・第1.2版)が置く柱は、人間中心という考え方と、人間が最終的な判断を担える仕組みを保つことです。面談で部下から「この評価の根拠は何ですか」と聞かれたときに「AIがそう書いたので」とは答えられません。評価は、聞かれたときに自分の言葉で説明できる状態でなければ成立しないのです。
部下から見れば、自分の評価にAIが関わっているかは分かりません。ただ、全員の文章が似たリズムになっていれば察します。対策は使い方をあらかじめ説明しておくこと。「評価そのものは上長が決めます。文章を整える作業にAIを使うことがあります」——この二行を期初に伝えれば十分。隠すから疑われるのであって、先に言っておけば疑われません。
よくある質問(Q&A)
評価コメントをAIに書かせていることを、部下に伝えるべきでしょうか。
伝えることをおすすめします。ただし個別に打ち明けるのではなく、制度の説明として全体に一度伝える形が自然です。「評価は上長が決め、文章を整える作業にAIを使うことがある」と説明しておけば十分。隠していて後から気づかれるほうが、はるかに大きな不信を招きます。
日報も記録もない会社です。材料がなくても使えますか。
使えますが、返ってくるのは一般論だけです。材料がない状態でAIに書かせると、誰にでも当てはまる文章が完成してしまい、かえって危険です。まずは記憶をたどって、その人について思い出せる出来事を三つだけ書き出してください。三つあれば、十分に固有のコメントが作れます。来期からは月に一度、部下ごとに一行メモを残す習慣を。
社内で使えるAIが無料版しかありません。それでも大丈夫でしょうか。
氏名や金額を入力しない条件を守れば、文章の型を作る用途では使えます。ただし無料のサービスでは入力内容が学習に使われる設定になっている場合があります。設定画面で確認し、可能であればオフに。機微な情報を扱う業務を本格的に任せるなら、法人向けの契約が安全です。
まとめ
- 評価は人が決め、AIに任せるのは言葉づかいと整理だけ。点数や処遇の判断には使わない。
- 氏名・給与額・健康や家庭の事情は入力しない。「Aさん」「目標比◯%」に置き換えれば文章の質は落ちない。
- 下書きは必ず人が直す。事実の照合、ほめ言葉の温度、重複表現、来期に期待する行動の4か所。
評価の時期が来るたびに、多くの管理職が夜と休日を削っています。その時間の大半は、評価を決めるためではなく決めた評価を文章にするために使われています。ここを軽くできれば、浮いた時間は面談そのものに回せます。評価制度が機能するかどうかは、シートの文章の巧拙より面談で交わされる会話のほうにかかっています。
ある建材商社の課長が、評価の時期にこう言っていました。「部下が七人いるんですが、七人目のコメントを書くころには、一人目に何を書いたか忘れているんです」。実際に見せてもらうと、四人目以降は同じ言い回しが並んでいました。本人にその自覚はなく、むしろ「全員に丁寧に書いた」つもりでいました。
語彙が尽きたことに、書いている本人はいちばん気づきにくいのだと思います。その課長には、まず七人分の事実を先に全部書き出してもらいました。ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
── AutoAIPlatform編集部