「わかりました」と言われたのに、伝わっていない
「ちゃんと説明したのに、そのとおりに動いてくれない」。指示を出した側は繰り返し伝えたつもりで、受け取った側は毎回「わかりました」と答えている。それなのに結果が食い違う。やがて教える人が固定され、その人が休んだ日に現場が止まります。
ここで起きているのは能力の問題でも態度の問題でもありません。日本語の「わかりました」は、内容を理解したという意味と、あなたの話を受け止めたという意味の両方に使われます。相手が後者のつもりで言っているのに、こちらが前者だと受け取れば、そのままずれていきます。
外国人と働く職場は、もう特別ではない
厚生労働省が2026年1月30日に公表した「外国人雇用状況」(2025年10月末時点)によれば、日本で働く外国人は2,571,037人で前年比11.7%増、雇用事業所は371,215所。どちらも届出が義務づけられた2007年以降で過去最多です。
中小企業にとって重要なのは次の数字です。外国人を雇う事業所を規模別に見ると「30人未満」が全体の63.1%。前年比の増え方が最も大きかったのもこの層で9.6%増でした。産業別でも卸売業・小売業19.0%、製造業15.7%と、町の店や小さな工場が中心です。専任の通訳や人事部門を置ける会社だけの話ではありません。
伝わらない原因は、相手ではなく日本語にある
日本語には相手を気づかうための表現がたくさんあります。それは良さでもありますが、学習者には最も難しい部分です。よくある型は4つ。あいまいな時間・量(「なるべく早めに」「9時ごろ」——「早め」が10分後か翌日かは日本語の中に書かれていません)、ひとつの言葉に複数の意味(「結構です」は断りと承諾の正反対の意味を持ちます)、敬語のかたまり(尊敬語と謙譲語が重なると、何をするのか、するのは誰なのかが文の表面から消えます)、二重否定と受け身(「持ってこないわけではない」では、結局何を持ってくればよいのか書かれていません)。
この四つは、どれも相手の日本語力とは関係のない問題です。同じ文を日本人の新人アルバイトに渡しても、たぶん一度は聞き返されます。外国人スタッフは日本語が分からないのではなく、あいまいな日本語を推測で埋める余裕がないだけだと考えると、直すべき場所がはっきりします。
翻訳AIに丸投げすると、何が起きるか
多くの職場が最初に試すのが翻訳AIです。ただし順番を間違えると効果が出ません。あいまいな日本語を翻訳すると、あいまいな外国語が出てくるだけだからです。「なるべく早めに」を訳しても、いつまでかは相変わらず書かれていません。それどころか「すぐに」寄りに訳されたりして、ずれが増幅されることさえあります。
この点は国のガイドラインも先回りして注意しています。出入国在留管理庁と文化庁が2020年8月に公表した「在留支援のためのやさしい日本語ガイドライン」には、機械翻訳にかけられる可能性を意識してふりがなを付けない版もあわせて用意するようにという趣旨の記述があります。
当の本人が望んでいたのは「やさしい日本語」だった
同ガイドラインが紹介する東京都国際交流委員会の在住外国人100人への調査では、希望する情報発信の言語として最も多く選ばれたのは「やさしい日本語」で76%。英語68%、通常の日本語22%と続き、「機械翻訳された母語」を選んだ人は12%にとどまりました。「外国人向け=英語」という思い込みは、実態と合っていません。
伝わらない指示と、伝わる指示
| 伝えたいこと | 伝わらない指示 | 伝わる指示 |
|---|---|---|
| 期限 | なるべく早めに | 17時まで |
| 依頼 | ご確認願います | 確認してください |
| 作業 | 対応をお願いします | 箱を3階に運んでください |
直している内容は三つです。①あいまいな言葉を数字に、②敬語を丁寧語だけに、③何をするのかを動詞で書き切る。「ご確認願います」は「確認してください」で十分丁寧です。
冷たい命令に聞こえるのではと心配されますが、実際は逆です。あいまいな指示のほうが、失敗したときに相手を責めることになります。「早めに」と伝えて翌日に怒るより、最初に「17時まで」と言うほうがずっと親切です。丁寧さは敬語の量ではなく、相手が困らないかどうかで測るものです。
国の要点と、AIで回す4ステップ
ガイドラインは書き換えを3ステップに分けています。①日本人にわかりやすい文章にする ②外国人にもわかりやすい文章にする ③わかりやすさを確認する。要点は、一文を短く/三つ以上は箇条書き/外来語は最小限/あいまいな表現を避ける/二重否定・受け身を使わない/敬語は丁寧語だけ/元号ではなく西暦。言い換えが難しい重要な言葉は残し、あとに説明を付けるのも要点です。「有給休暇(=給料をもらいながら休める日)」のように書けば、本人が役所や病院で困りません。
人が全部覚えて実行するのは現実的ではありません。第1歩は最初から気をつけて書こうとしないこと。敬語だらけでも一文が長くてもかまいません。第2歩で次章のプロンプトを貼り、続けて自分の文を貼ります。数字が抜けている箇所は勝手に埋めさせず「要確認」と出させるのがコツ。第3歩でやさしい日本語を上、母語訳を下に並べます。第4歩は確認で、「わかりましたか」と聞かず「何をしますか」と聞いてください。
そのまま使えるプロンプト
角かっこを置き換えて、続けて自分の文を貼り付けてください。
肝は条件6です。時刻や締切をAIに推測させると、あいまいな指示より危険なものができあがります。書き方はAIへの指示の基本の書き方へ。
現場の5場面と、AIに任せてはいけない場面
場面によって力の入れどころが変わります。作業手順は写真や図と組み合わせるのが最も効果的。シフト・勤怠は数字がすべてで日付は西暦、曜日も併記、時刻は分まで。安全・衛生はやさしい日本語と母語訳の両方を必ず掲示し、実物を指さして口頭でも伝えます。日々の声かけは「今日どうだった」ではなく「今日、むずかしかったことは何ですか」と聞けば具体的な答えが返ってきます。
一方、線を引くべき場所もあります。個人情報を入れないこと——在留カードの番号、パスポート情報、住所、給与額。氏名は「Aさん」に置き換えます。法律・在留資格の判断をさせないこと——AIは流ちょうに答えますが、在留資格で認められた活動の範囲を超えると、本人にも会社にも重い結果が及びます。行政書士・社会保険労務士など専門家に確認してください。
よくある質問(Q&A)
やさしい日本語に直すと、失礼になりませんか。
敬語を減らすことと、失礼になることは別です。丁寧語(です・ます)を保っていれば、日本語として十分に礼儀正しい文になります。むしろ伝わらないまま相手に失敗させることのほうが、相手を大切にしない扱いです。国のガイドラインも、やさしい日本語は日本語の美しさや豊かさを軽視するものではないと明記しています。
翻訳アプリがあれば、やさしい日本語は要らないのでは。
翻訳は必要ですが、順番が逆だとうまくいきません。あいまいな日本語を訳しても、あいまいな訳文にしかならないからです。整えた日本語からの翻訳は精度も安定します。東京都国際交流委員会の調査でも、機械翻訳された母語を選んだ人は12%で、やさしい日本語の76%を大きく下回りました。両方を並べて出すのが最も確実です。
日本人の従業員には、かえって回りくどく感じられませんか。
実際には逆の反応が多く返ってきます。時刻や数量が明記された指示は、日本人にとっても読みやすいからです。やさしい日本語は、新人・パート・高齢の従業員にもそのまま効きます。外国人スタッフのための特別対応ではなく、社内の連絡文全体の品質を上げる取り組みとして始めると、社内の理解も得やすくなります。
まとめ
- 外国人を雇う事業所の63.1%は従業員30人未満。小さな職場こそ、伝え方の工夫が要る。
- 翻訳AIの前に、元の日本語を直す。あいまいな日本語からは、あいまいな訳文しか出ない。
- 国のガイドラインの3ステップをAIで回し、やさしい日本語と訳文を並べて渡すのが最短。
外国人スタッフとのすれ違いは「言葉の壁」と呼ばれます。しかし数字と国の資料をたどると、壁の位置は少しずれたところにありました。壁は日本語と外国語の間ではなく、あいまいな日本語と、はっきりした日本語の間にあったのです。そのはっきりした日本語を作る作業は、いまやAIが数十秒で肩代わりしてくれます。通訳を雇う前に、掲示を1枚書き直してみてください。
ある食品工場で、掲示が一枚だけ書き替えられていました。元は「異物混入防止のため、作業前に必ず手指の消毒を実施してください」。書き替え後は「作業のまえに、手をアルコールで消毒してください」。たったこれだけの違いですが、掲示の前で立ち止まる人が増えたそうです。
読める掲示は読まれる。読めない掲示は、貼ってあっても存在しないのと同じでした。ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
── AutoAIPlatform編集部