「AIがそう言ったので」は通じるのか
経理担当者がAIに補助金の要件を調べさせ、その回答をもとに顧客へ「対象になります」と伝えた。あとで対象外だと分かった。あるいはAIに作らせた見積書の単価が一桁ちがったまま送られ、その価格で受注が成立した。紙とエクセルの時代から起きてきた事故が、道具を変えて再登場しただけです。
違うのは、担当者の口から出てくる説明のほうです。「AIがそう答えたので」。道具のせいにするのはおかしいという意見と、会社がAIを使えと言ったのだからという意見。どちらも一理あるように聞こえるのは、責任の分かれ目を決める物差しを誰も持っていないからです。
国が初めて示した、責任の考え方
経済産業省は2026年4月9日、「AI利活用における民事責任の解釈適用に関する手引き」を公表しました。背景にあるのは裁判例の蓄積が十分にないこと。それが導入を躊躇する一因になっている、と同省は指摘しています。
目的について同省は「AIの開発・提供・利用に関わる当事者の予測可能性を高め、AI利活用の推進及び損害発生時の円滑な解決に資することを目的としています」と説明しています。予測可能性が先で、推進と円滑な解決が後ろ——誰かを罰するための整理ではありません。
そもそも、どの法律の話なのか
AI専用の賠償責任法はありません。中心は2つです。民法709条(不法行為)——民法第709条は「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う」と定めています。キーワードは過失、つまり「払うべき注意を払わなかったか」。AIが介在しても条文は変わりません。
製造物責任法(PL法)——製造物責任法第3条は、製造業者等が引き渡した製造物の欠陥により「他人の生命、身体又は財産を侵害したときは、これによって生じた損害を賠償する責めに任ずる」と明記しています。過失を証明しなくても、欠陥があれば責任を問える仕組みです。
刑事の話ではありません
ここで扱っているのは民事責任、つまり損害を金銭で賠償する場面の話です。刑事の議論とは別の枠組みで、手引きも民事責任に対象を絞っています。混同すると必要以上に怖くなるので、最初に切り分けておきましょう。
補助型か、代替型か——分かれ目は一点だけ
分かれ目は単純です。最後に人が判断することが前提か、AIの判断にそのまま従うことが前提か。同じツールでも使い方しだいで類型が変わります——要約させて担当者が確認してから配るのは補助型、同じAIを問い合わせフォームにつないで自動返信するなら実質は代替型です。
補助/支援型では、責任の判断は驚くほど従来どおりです。見られるのは最終的に判断した人が払うべき注意を払っていたか。会社を守るのは技術ではなく手順——誰が最後に見るか、何を確かめるか、確かめた記録を残す。ただし確認したかどうかは、あとから証明できなければ意味を持ちません。口頭で「見ました」と言うだけの運用は、事故が起きたときに何も語ってくれません。
依拠/代替型では「担当者が最後に見たか」という問いが成立しません。問われる対象は手前へ移ります——そもそも人を外してよい業務だったのか。人を外す設計にするなら、外してよいと判断した経緯を文書に残す。誰の承認か、どの範囲まで自動か、異常時にどう止めるか。1枚のメモで説明できる材料が残ります。
製造物責任法は、AIに使えるのか
「AIが間違えたのだから、作ったAI会社に請求すればよいのでは」——ここに法律上の大きな論点があります。製造物責任法第2条は「製造物」を製造または加工された動産と定義しています。つまり条文どおり読むかぎりソフトウェアやクラウドサービスそれ自体は「製造物」に当たりにくい。一方、AIが組み込まれた検査装置のような形のある製品なら、製品全体として対象になり得ます。
持ち帰るべき結論は1つ。損害が出たときに自動的にAI提供者へ責任が移る、という期待は持たないほうがよい。製造物責任法の枠に乗らない場合は民法709条の世界に戻り、実際に業務判断をしたのは誰かが正面から問われます。
場面ごとに、誰が何を負うのか
法的な結論は個別の事情で変わりますが、注意をどこに集中させるべきかの見取り図として使ってください。
| 使い方 | 具体例 | 近い類型 | 会社がやること |
|---|---|---|---|
| 下書きに使う | メール文案・議事録の要約・企画のたたき台 | 補助/支援型 | 送信前に担当者が読む運用を決める |
| 調べ物に使う | 制度の要件確認・用語の意味・他社事例 | 補助/支援型 | 一次資料で裏を取ってから社外に伝える |
| 数値を扱わせる | 見積の計算・在庫の集計・請求データの整形 | 補助/支援型(要注意) | 計算結果は別の方法で必ず突き合わせる |
| 自動で外に出す | 問い合わせの自動返信・自動投稿・自動審査 | 依拠/代替型 | 人を外した理由と停止手順を文書に残す |
| 機器を動かす | 検査装置・搬送ロボット・自動制御の設備 | 依拠/代替型 | 製品の保証範囲と保険の対象を契約で確認 |
数字で見る現状と、責任に備える4つの手順
総務省が2026年7月に公表した令和8年版情報通信白書(概要)によると、何らかの業務で生成AIを利用している日本企業は86.4%。一方、業務変革について「組織的な取組はない」と回答した割合は約3割弱。個人の判断で使われているが、会社としての決めごとが追いついていない——責任の議論が他人事でない理由は、この隙間にあります。
第一に、いま使っているAIを「下書き用」と「任せる用」に仕分ける。任せる用が1つでもあればそこだけ重点的に見ます。第二に、誰が最後に確認するかを業務ごとに決めて書き出す。第三に、確認した経過が残る形にする。第四に、利用規約と契約書の該当条項を読む。
契約書と利用規約で、見る場所は3つ
「うちが責任を負うのか、提供元が負うのか」は法律論だけで決まりません。多くの場合、まず契約と規約が答えを持っています。
①責任制限条項——多くのAIサービスは賠償の上限を月額料金の数か月分などに限定しています。上限を超える損害は自社に残る前提で設計する必要があります。②正確性の不保証——出力の正確性を保証しない旨が通例で、確認の責任は使う側に置かれているという表明です。③補償——法人向けプランには補償の仕組みもありますが、指定機能を使っている等の条件が付くのが一般的です。
そのまま使えるプロンプト
自社のAI利用を責任の観点から棚卸しするためのプロンプトです。角かっこを自社の情報に置き換えて使ってください。
よくある質問(Q&A)
社員がAIの答えを確認せずに顧客へ送ってトラブルになりました。会社と社員、どちらの責任になりますか。
個別の事情によりますが、社員が業務として行った行為については会社が対外的な責任を負う場面が多くなります。そのうえで問われやすいのが確認する手順を会社が用意していたかです。
AIツールの提供会社に損害を請求することはできますか。
できる場合とできない場合があります。まず契約や利用規約の責任制限条項を確認してください。製造物責任法に頼れるかも自明ではなく、同法第2条は「製造物」を製造または加工された動産と定義しており、ソフトウェア単体は当てはまりにくいと考えられています。
問い合わせの自動返信をAIに任せたいのですが、やめたほうがよいですか。
やめる必要はありませんが、任せる範囲を決めてから始めてください。営業時間や住所のような変わらない事実の回答と、価格・納期・可否判断のような約束になる回答を分け、後者は人につなぐ設計に。あわせて対象範囲と、異常時に止める手順・担当者を1枚のメモにしておきます。
まとめ
- AI専用の賠償法は無く、判断の土台は民法709条の過失と製造物責任法。経済産業省が2026年4月9日に手引きを公表し、解釈の方向性を示した。
- 分かれ目は補助/支援型か、依拠/代替型か。人が最後に判断する使い方なら従来どおりの注意義務、人を外すなら任せる判断そのものが問われる。
- 会社がやることは4つ。用途を仕分ける・確認者を決める・記録を残す・契約と規約を読む。特別な技術は要らない。
責任という言葉には身構えてしまう響きがありますが、手引きを読んで残るのは意外なほど地味な結論です。AIを使ったから特別なルールが降ってくるのではなく、これまでどおり、業務として払うべき注意を払っていたかが問われるだけでした。
この手引きを読み込んでいて印象に残ったのは、目的の書きぶりでした。責任の所在を厳しく定めることではなく、当事者の予測可能性を高めることが先に置かれている。規制の資料というより、渋滞を解くための案内板に近い性格を感じました。
そして中小企業にとって使いやすいのは、2つの類型という分け方です。法律の条文を覚える必要はなく、「この業務、最後に人が見ているか」と自問するだけで自社のAI利用がどちらに寄っているかが分かる。ツールの名前でも料金プランでもなく、業務フローの形が答えを決めるという整理です。
今日のところは、社内で動いているAIの使い方を5つ書き出して、それぞれの横に「人が最後に見る/見ない」を書き添えてみてください。10分で終わります。「見ない」が1つでもあれば、そこが最初に手を入れる場所です。ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
── AutoAIPlatform編集部