「うちは関係ない」で済まなくなる日
電話口で一時間どなられた。閉店後もカウンターに居座られた。「責任者を出せ」と言われて、パートの方が泣きそうな顔で事務所に来た——どの会社にも、思い当たる場面が一つや二つはあるはずです。これまで、そうした場面への対応は現場の力量とその日の運に任されてきました。うまくさばける社員がいる日は収まり、いない日は誰かが傷つく。そういう運用です。
2026年10月1日から、それが変わります。改正労働施策総合推進法(令和7年法律第63号、2025年6月11日公布)が施行され、カスタマーハラスメントを防ぐ措置を講じることが、事業主の法律上の義務になります。措置の中身を定めた指針も2026年2月26日に告示されました。厚生労働省の案内によれば、対象は業種・規模にかかわらずすべての事業主です。パワハラ防止措置のときには中小企業に猶予期間が設けられましたが、今回は同じ日から全社が対象になります。
同じ日に、求職者等に対するセクシュアルハラスメント防止措置も義務化されます。採用面接や就職説明会、インターンシップの受け入れをしている会社は、こちらも合わせて確認が必要です。ただし、この記事ではカスハラの側に絞ります。中小企業で影響が大きく、しかも準備がいちばん遅れているのがカスハラ対策だからです。
10月から義務になる4つのこと
厚生労働省が公表しているリーフレットには、事業主が必ず講じなければならない措置が並んでいます。項目としては十ありますが、性質ごとにまとめると四つの柱になります。
第一の柱は方針の明確化と周知・啓発です。カスハラには毅然とした態度で対応し、労働者を保護する——この方針をはっきり示して社員に伝えます。あわせて、カスハラの内容と、あらかじめ定めた対処の内容も周知します。リーフレットには対処の例として、管理監督者にその場の対応方針を指示してもらうこと、可能な限り労働者を一人で対応させないこと、犯罪に該当し得る言動は警察へ通報すること、本社・本部へ情報共有して指示を仰ぐことが挙げられています。
第二の柱は相談体制の整備。相談窓口をあらかじめ定めて社員に周知し、その担当者が適切に対応できるようにします。第三の柱は事後の迅速かつ適切な対応で、事実関係を迅速・正確に確認し、被害者への配慮の措置を行い、再発防止に向けた措置を講じます。
そして第四の柱が、他のハラスメント対策にはない項目です。特に悪質と考えられるカスハラへの対処方針を、あらかじめ定めて周知し、実際にその対処を行える体制を整えておくこと。「起きてから考える」ではなく、「起きる前に決めておく」ことが求められています。加えて、相談者のプライバシー保護と、相談したことを理由に不利益な取扱いをしない旨の定めと周知も必要です。
カスハラの定義は「3つの要素」で決まる
ここがこの記事のいちばん大事な部分です。カスハラかどうかは、感情の強さや声の大きさでは決まりません。厚生労働省の資料では、職場におけるカスタマーハラスメントを次の三つの要素をすべて満たすものと定めています。
第一に、顧客等の言動であること。ここでいう顧客等には、顧客だけでなく取引の相手方、駅・空港・病院・学校・福祉施設・公共施設などの利用者、その他その事業に関係を有する者が含まれます。今後商品を購入したりサービスを利用したりする可能性がある人も対象です。つまり、まだ何も買っていない人からの言動も含まれます。
第二に、その労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして、社会通念上許容される範囲を超えたものであること。ここに「業務の性質その他の事情に照らして」という条件が入っているのが重要です。同じ言動でも、業種や場面によって許容される範囲は変わります。だからこそ、自社の業務に即した線引きを、自社で決めておく必要があるのです。
第三に、その結果として労働者の就業環境が害されること。三つのうち一つでも欠ければカスハラには当たりません。そして、対面だけが対象ではありません。電話やSNSなどインターネット上で行われるものも含まれると明記されています。
「クレーム=カスハラ」ではない
この定義を裏返すと、商品の不具合を指摘する、説明を求める、再発防止を要望する——これらは正当な申し出であってカスハラではありません。厚生労働省の資料も、対策を講じる際には消費者の権利や、障害者差別解消法における不当な差別的取扱いの禁止・合理的配慮の提供義務に留意する必要がある、と注意を促しています。線引きを厳しくしすぎて、本来受け止めるべき声まで門前払いしてしまうのは、別の問題を生みます。
許容される範囲を超える言動の例
厚生労働省のリーフレットは、社会通念上許容される範囲を超える言動を、二つの角度から例示しています。この二分法が、そのまま自社の線引きの骨格に使えます。
角度1:要求の内容そのものが行き過ぎている場合
そもそも要求に理由がない、または商品・サービスとまったく関係のない要求。契約等により想定しているサービスを著しく超える要求。対応が著しく困難、あるいは対応が不可能な要求。不当な損害賠償の要求。要求の中身を紙に書き出したとき、契約の外側にはみ出しているかどうかが判定の軸になります。
角度2:手段や態様が行き過ぎている場合
身体的な攻撃(暴行、傷害等)。精神的な攻撃(脅迫、中傷、名誉毀損、侮辱、暴言、土下座の強要等)。威圧的な言動。継続的、執拗な言動。拘束的な言動(不退去、居座り、監禁)。要求そのものは正当でも、伝え方が度を超えていればカスハラになり得る——ここを社員に理解してもらうことが、現場の判断を助けます。
実務では、この二つの角度で見るだけで大半の場面が整理できます。「返金してほしい」は正当な要求ですが、それを三時間言い続けるのは手段が行き過ぎです。「謝ってほしい」も正当ですが、土下座を求めるのは範囲を超えています。要求の中身と、伝え方の手段。二つの物差しを別々に当てると、現場の社員も迷いにくくなります。
数字で見る、中小企業の準備状況
では、企業側の準備はどこまで進んでいるのか。厚生労働省の委託事業として実施され、2024年3月に報告書がまとまった「職場のハラスメントに関する実態調査」に、参考になる数字があります。
まず発生状況です。過去3年間に相談があったと回答した企業の割合は、パワハラが64.2%、セクハラが39.5%、顧客等からの著しい迷惑行為(いわゆるカスハラ)が27.9%でした。注目すべきは推移で、相談件数の傾向を聞いたところ、「件数が増加している」が「減少している」を上回ったのはカスハラだけでした。他のハラスメントは減少方向にあるなかで、カスハラだけが増えているという構図です。
働く側の数字も見ておきます。労働者が過去3年間に勤務先で受けたと回答した割合は、パワハラ19.3%、カスハラ10.8%、セクハラ6.3%。カスハラは接客頻度が高いほど経験割合が高く、業種別では生活関連サービス業・娯楽業が16.6%、卸売業・小売業が16.0%、宿泊業・飲食サービス業が16.0%と続きました。お客さまと直接接する仕事ほど、10人に1人以上が経験している計算になります。
そして、企業側の取組状況です。カスハラに関する取組として実施しているものを聞いたところ、最も多い回答は「特にない」で55.8%でした。業種別では医療・福祉、金融業・保険業、宿泊業・飲食サービス業などで実施割合が高く、製造業、建設業などでは低い傾向が出ています。半数以上の企業が、事実上まだ何も手を付けていない状態から10月を迎えることになります。
最大の壁は「線引き」だった
では、なぜ手を付けられないのか。同じ調査が、その理由をはっきり示しています。
カスハラの予防・解決のための取組を進める上での課題としては、「特にない」(32.1%)に次いで、「迷惑行為と正当なクレームや要求とを区別する明確な判断基準を設けることが難しい」が25.9%で挙がりました。さらに、判定基準の策定について聞いたところ、3割以上の企業が「基準を策定していない」と回答しています。策定した企業が参考にしたものとして最も多かったのは、厚生労働省が公表しているカスタマーハラスメント対策企業マニュアル(25.3%)でした。
もう一つ、示唆的な数字があります。ハラスメント対策の取組を進める上での課題を聞いた設問で、すでに取組を実施している企業の回答で最も高かったのは「ハラスメントかどうかの判断が難しい」(59.6%)でした。つまり、動き出した会社ほど線引きの難しさに直面している。ここを避けて通ることはできません。
裏を返せば、10月に向けて中小企業が用意すべきものは、意外とはっきりしています。立派な制度ではなく、「うちの現場ではここから先は行き過ぎ」と言える具体例の束です。そして、その具体例を文章に起こす作業こそ、AIがいちばん役に立つ場面でもあります。
AIに任せてよい範囲と、人が決める範囲
ここで先に線を引いておきます。AIは判断する道具ではなく、文書を形にする道具です。この順番を間違えると危険なので、最初にはっきりさせます。
AIに任せてよいのは、たとえば次のような作業です。方針文のたたき台を書く。厚生労働省が示している措置の項目を、自社の言葉に置き換えて並べ直す。過去に起きた出来事のメモを、時系列の記録として整える。社員向けの説明資料や研修用の想定問答をつくる。相談窓口の受付シートの項目を洗い出す。どれも「書く手間」であって、「決める仕事」ではありません。
逆に、人が決めなければならないのは次の部分です。自社の線引きをどこに置くか。ある個別の事案がカスハラに当たるかどうか。悪質な事案に対して、どの段階で警察や弁護士に相談するか。特定のお客さまとの取引をどうするか。これらは経営判断であり、法的な判断でもあります。AIの回答は当たっていることもありますが、外れていても同じ調子で書いてきます。判断の場面では、都道府県労働局の雇用環境・均等部(室)、商工会議所、社会保険労務士や弁護士といった専門家に確認してください。
AIは「議論のたたき台」を早く出す道具
中小企業でこの手の整備が進まない最大の理由は、話し合う材料がないことです。白紙から会議を始めると、何も決まらないまま時間だけが過ぎます。AIに七割の下書きを出させて、その紙を囲んで直していく——この進め方なら、一時間の会議で方針文の骨格まで届きます。AIが出した文章が完璧である必要はまったくありません。直す対象があることに意味があります。
10月までの4ステップ
準備の順番を四つに分けます。今日から始めれば、10月1日には十分間に合います。
第1歩:方針を一枚で書く
まず、A4一枚の方針文をつくります。書く内容は三つだけです。カスハラには毅然と対応すること。社員を守ること。相談窓口はどこか。長い文書は誰も読みません。読み上げて一分で終わる分量が適切です。この下書きはAIに出させて構いません。ただし、会社名・代表者名で出す文書ですから、最後の一読は必ず経営者本人が行ってください。
第2歩:線引きの例を集める
いちばん時間がかかるのがここです。過去に現場で起きた出来事を、思い出せる範囲で書き出します。五件でも十件でも構いません。それを「要求の中身が行き過ぎ」「手段が行き過ぎ」「正当な申し出」の三つに仕分けます。この仕分け作業の下書きをAIにさせ、経営者と現場責任者で見直すと早く進みます。実名や個人が特定できる情報は書かず、「常連の男性客」「電話の相手」程度で十分です。
第3歩:窓口と手順を決める
相談窓口を誰にするかを決めて、社員に伝えます。小さな会社なら専務や総務担当者で構いません。同時に、その場での対応手順も決めます。一人で対応させない、管理者に判断を仰ぐ、犯罪に当たり得る言動は警察に通報する——厚生労働省のリーフレットが挙げている対処の例が、そのまま自社の手順のひな型になります。
第4歩:全員に配って伝える
義務の中身は「決めること」ではなく「周知すること」です。作った文書を全員に配り、朝礼などで一度読み合わせます。配っただけ、掲示しただけでは周知したことになりにくい点に注意してください。誰にいつ配ったかを記録に残しておくと、後から確認できます。社内へのお知らせ文をつくる手順は社内通達・お知らせ文をAIでわかりやすく整える方法にまとめてあります。
そのまま使えるプロンプト
第1歩と第2歩で使えるプロンプトの型です。角かっこの部分を自社の内容に置き換えて、そのまま貼り付けてください。
このプロンプトの肝は条件3と条件5です。条件3は、線引きという最大の壁に直接効きます。AIの仕分けが正しい必要はありません。仕分けた結果を見て「いや、これは正当な要望だ」と社内で議論が起きれば、それがそのまま自社の基準になっていきます。条件5は、AIが法律の解釈を勝手に断定してしまうのを防ぐための指示です。プロンプトの書き方そのものはAIへの指示(プロンプト)の基本の書き方から確認してください。
対応記録は「事実」と「評価」を分けて書く
義務の第三の柱に「事実関係を迅速かつ正確に確認する」とあります。これを支えるのが記録です。そして、記録づくりはAIがとても得意な作業です。
やり方はこうです。対応した社員に、その日のうちに話し言葉のままメモを残してもらいます。「14時ごろ電話、40分くらい、返金しろと繰り返し、途中でばかやろうと言われた」——この程度で構いません。それをAIに渡して、日時・相手・場所・やりとりの経過・対応者という項目に整形させます。音声で残したものを文字にする方法は録音・会議の文字起こしをAIで行う方法と注意点で扱っています。
ここで守るべき原則が一つあります。記録には「事実」と「評価」を必ず分けて書くことです。「大声で怒鳴られた」は評価が混ざっています。「近くの席まで聞こえる声量で、同じ要求を10回以上繰り返した」なら事実です。AIに整形させるときも、「見聞きしたことだけを書き、感想や判断は別欄にする」と指示してください。後から労働局や弁護士に相談することになった場合、価値があるのは事実の側の記録です。
記録は同時に、社員を守る道具でもあります。一件一件を書き残していくと、特定のお客さまとのやりとりが何度も繰り返されていることが見えてきます。その場では「今日はたまたま機嫌が悪かった」で流れてしまうことも、記録が三件たまると別の意味を持ちます。悪質な事案への対処方針を発動する判断も、記録があってはじめて根拠を持ちます。
現場が使う「一次対応の言葉」を用意する
方針と記録の仕組みができたら、最後にもう一つ。その場で口に出す言葉を用意しておきます。ここも、AIに案を出させると早く整います。
必要なのは三つの場面の言葉です。第一に、話を切り上げて上長に代わるときの言葉。「私では判断いたしかねますので、責任者に代わります」。第二に、要求に応じられないことを伝える言葉。「ご要望は承りましたが、当社では対応いたしかねます」。第三に、通話や滞在を終わらせる言葉。「本日はここまでとさせていただきます」。言い慣れていない言葉は、いざというとき出てきません。紙にして、レジ下や電話機の横に貼っておくくらいでちょうどよいのです。
AIには「怒っているお客さまに、断りながらも角を立てずに伝える言い方を5案」と頼めば、候補を出してくれます。そこから自社の空気に合うものを選び、実際に声に出して読んでみてください。読んで違和感がある表現は、現場でも使えません。断りの伝え方全般は角を立てずに「断る」連絡文をAIで書く、お詫びが必要な場面の注意点はクレーム・お詫びメールをAIで下書きする前の注意点もあわせてご覧ください。
AIにやらせてはいけないこと
便利な使い方の裏側で、避けるべき使い方もはっきりしています。三つ挙げます。
第一に、お客さまの氏名・連絡先・具体的な取引内容をAIに入力することです。カスハラの記録には、本来かなり生々しい個人情報が含まれます。文書の型をつくる段階では、そうした情報は一切不要です。「男性客A」「電話の相手」で十分に機能します。無料版のAIサービスでは入力内容が学習に使われる設定になっている場合があります。入力してよい情報の線引きはAIに入力してはいけない情報一覧と安全な言い換え方にまとめました。
第二に、個別の事案がカスハラに当たるかどうかをAIに判定させることです。定義には「業務の性質その他の事情に照らして」という条件が入っています。AIは自社の業務の性質も、そのお客さまとの経緯も知りません。AIに聞いてよいのは「判断するときに見るべき観点を挙げて」までで、結論は人が出します。AIの回答をそのまま使わない考え方はAIの回答をそのまま使ってはいけない理由と確認手順で詳しく扱っています。
第三に、相談を受けた社員への返答をAIに丸ごと書かせることです。相談窓口の役割は、書面を返すことではありません。話を聞き、その人が一人ではないと伝えることです。ここをAIの文章で済ませると、かえって「機械的に処理された」という印象が残ります。社内のAI利用ルール全体は社員向けAI利用ルール(ガイドライン)の作り方で整理してください。
取引先からのカスハラ、自社が加害側になる場合
見落とされやすい論点を二つ補足します。どちらも中小企業には直接関わってきます。
一つ目は、対象になるのは一般の消費者だけではないという点です。厚生労働省の資料では、顧客等に「取引の相手方」が明記されています。つまり、発注元の担当者から自社の社員が受ける行き過ぎた言動も、カスハラの対象になり得ます。無理な納期の押し付けや、電話口での人格を否定する発言は、取引上の力関係があるだけに現場では言い出しにくいものです。相手が取引先であっても、社員を守る対象からは外れません。
二つ目は、自社の社員が他社の社員に対してカスハラを行ってしまった場合です。リーフレットには、その取引先等の事業主から事実確認等の措置に関して協力を求められた際は、これに応じるよう努めなければならないと記されています。自社が仕入先や外注先に発注する立場でもあることを考えれば、社内研修では「受ける側」だけでなく「してしまう側」の視点も一言入れておくのが賢明です。取引先との言いにくいやりとりの整え方は「言いにくいこと」をAIに書かせる前にも参考になります。
10月1日までに確認する5項目
準備の進み具合は、次の5点で点検できます。
- カスハラに毅然と対応し社員を守る方針を、文書にして社員に配ったか
- 相談窓口の担当者を決めて、全員が名前を言えるか
- 一人で対応させない・上長に上げる・警察に通報する基準を決めたか
- 特に悪質な事案への対処方針を、起きる前に決めてあるか
- 相談したことで不利益な扱いをしない旨を、文書に書いて伝えたか
五つ全部が10月1日にそろっていなくても、手を付けていない状態とは大きく違います。最初の二つだけでも、今月中に終わらせてください。方針文と窓口の周知は、いちばん短時間でできて、いちばん現場が安心する部分です。
よくある質問(Q&A)
従業員が数人の会社でも、本当に対象になりますか。
厚生労働省の案内では、業種や規模にかかわらずすべての事業主が対象とされています。パワハラ防止措置の義務化では中小企業に猶予期間が設けられましたが、今回のカスハラ対策には規模による猶予は設けられていません。ただし、求められているのは大企業と同じ体裁の制度ではありません。A4一枚の方針文、担当者一人の相談窓口、その場の対応手順を決めた紙——この三点がそろっていれば、小さな会社でも形になります。心配な点は、お近くの都道府県労働局の雇用環境・均等部(室)に確認してください。
お客さまに厳しく対応して、評判が落ちませんか。
方針の書き方次第です。「クレームを受け付けません」と書けば当然評判は落ちますが、義務の内容はそういうものではありません。ご意見・ご要望は真摯に承ること、そのうえで社員の人格を傷つける言動や業務を妨げる行為には応じられないこと。この二つを同じ文書に並べて書けば、多くのお客さまはむしろ好意的に受け取ります。実際、方針を掲示した会社では、社員が萎縮せずに済むぶん、通常のご要望への対応が丁寧になったという声もあります。お客さま向けの説明文の作り方は顧客や取引先にAI活用をどう伝えるかの考え方が応用できます。
方針文をAIに書かせて、そのまま掲示してもよいですか。
そのままはおすすめしません。AIが書いた方針文は、どこの会社にも当てはまる一般論になりがちです。自社の業務に即した具体例が一つも入っていない方針は、現場で使われません。最低限、自社で実際に起きた場面を一つか二つ、抽象化して盛り込んでください。また、就業規則との整合や、実際の運用が法の要求を満たしているかどうかは、社会保険労務士などの専門家に一度見てもらうことをおすすめします。AIが書いた文章を人が整える手順はAIで作った文章を人間が直すべき3つのポイントにまとめてあります。
まとめ
- 2026年10月1日から、カスハラ対策は業種・規模を問わず全事業主の義務。中小企業への猶予期間はない。
- カスハラは①顧客等の言動 ②社会通念上許容される範囲を超える ③就業環境が害されるの3要素すべてを満たすもの。正当なクレームは含まれない。
- 最大の壁は線引き。AIに任せるのは方針文・仕分けの下書き・対応記録の整形までで、判断は必ず人が行う。
カスハラ対策は、お客さまを疑うための仕組みではありません。どこまでが正当なご要望で、どこからが行き過ぎなのかを会社として決め、それを社員に伝えておくための仕組みです。線が引かれていない職場では、判断がその日の担当者に丸投げされます。線が引かれていれば、社員は安心して目の前のお客さまに向き合えます。10月まで、まだ一か月半あります。AIは、その線を文章にする時間を大きく縮めてくれる道具です。
ある小売店で、レジのパートの方が「あのお客さん、また来た」と小声で言うのを聞いたことがあります。店長に聞くと、月に何度か来ては同じことを長時間言い続ける方がいる、とのことでした。ただ、記録は一つも残っていませんでした。誰も書いていないので、店長の頭の中にも「たまにそういう日がある」という感覚しかない。起きていることが、会社の中で一度も文字になっていなかったのです。その日から、対応した人が三行だけメモを残す運用を始めました。二か月後、そのメモは十件を超えていました。
数字になった瞬間、対応が変わりました。店長が本部に相談でき、来店時は必ず二人で対応する体制になり、パートの方は「自分が我慢すればいい話」だと思わなくなりました。制度が人を守るというより、記録が人を守ったのだと思います。10月の義務化は、その記録を残す口実をくれる出来事でもあります。書くのが面倒だという声には、AIに整形させればいいと答えてください。三行のメモさえあれば、形にするのは機械の仕事です。ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
── AutoAIPlatform編集部