着手の目安は国が示している
事業承継の準備には、決められた入口があります。中小企業庁の「事業承継ガイドライン(第3版)」(令和4年3月改訂)は、「経営者が概ね60歳に達した頃には事業承継の準備に取りかかることが望ましく」と明記しています。後継者を育てる時間を逆算した目安です。
準備は5段階に整理されています。必要性の認識、見える化、磨き上げ、計画づくり、そして実行です。最初の2つは、書類を書き出すだけの作業です。専門家に依頼する前に社内で進められる部分であり、ここがAIの出番になります。
同ガイドラインは、その年齢を超えてなお経営に携わっている場合は、すぐに身近な支援機関へ相談すべきだとしています。年齢は入口の合図であり、締切ではありません。
「見える化」で書き出す2種類のこと
見える化には2つの方向があります。1つは会社の経営状況、もう1つは事業承継そのものの課題です。前者は決算の内容、自社株式の数と評価、会社と経営者個人の貸借関係、経営者保証の有無、商品ごとの月次の売上と費用などを指します。
後者は、後継者候補がいるかどうか、いるなら意思確認をいつ行うか、親族内の株主や取引先から異論が出る可能性はあるか、といった論点です。前掲のガイドラインはこれらを「いずれも極めて重要」な取組として並べています。
書き出す項目のなかで、いちばん後回しになりやすいのが「なぜ自社が取引先に選ばれているのか」です。設備でも資格でもなく、社長個人の関係や勘で説明されてしまう部分がここに集まります。渡す相手が決まっていなくても、言葉にしておく価値があります。
先に用意するのは「材料」であって「文章」ではない
見える化でAIに頼むのは、整った文章づくりではありません。箇条書きの断片を、抜けのある一覧に整える作業です。社長が話した内容をそのまま打ち込み、「この説明で足りない項目を質問の形で挙げて」と頼むところから始めてください。
引き継ぎ先は3つ、割合はもう逆転した
引き継ぎ先は、親族内・従業員・第三者(M&A)の3つです。中小機構が公表した「令和6年度に認定支援機関等が実施した事業承継・引継ぎ支援事業に関する事業評価報告書」によると、2024年に内部昇格36.4%が同族承継32.2%を上回りました。M&Aほかは20.5%です。
同報告書は、親族内承継を希望する経営者の意向は根強いものの、実際には脱ファミリー化が進んでいると整理しています。希望と実績が割れている、ということです。
| 比べる点 | 親族内 | 従業員 | 第三者(M&A) |
|---|---|---|---|
| 合意を取る相手 | 家族・親族株主 | 本人と他の社員 | 買い手と社員 |
| 株式の移し方 | 贈与・相続が中心 | 自社株の買い取り | 株式譲渡か事業譲渡 |
| つまずきやすい点 | 相続税と分け方 | 経営者保証の引継ぎ | 相手探しと条件交渉 |
| 公的窓口の実績 | 支援完了 1,695件 | 窓口で相談できる | 成約 2,132件 |
| AIが手伝える所 | 説明資料の下書き | 業務手順の文章化 | 自社紹介の整理 |
どの道を選んでも、先に要るものは同じです。自社の中身を説明できる資料が要ります。表の最下段が3つとも「書く作業」で埋まるのは、そのためです。
黒字のまま会社をたたむ例が増えている
準備が遅れた先に何があるのかは、数字に出ています。前掲の報告書によると、休廃業・解散の件数は2024年に62,695件となり、2023年の49,788件から大きく増えました。
注目すべきはその中身です。2024年の休廃業・解散のうち51.5%は黒字の会社でした。稼ぐ力がありながら幕を引いた会社が、半数を超えています。
廃業を予定している企業に理由を聞いた調査では、適当な後継者が見つからない10.9%、子どもに継ぐ意思がない10.9%、子どもがいない12.1%を合わせ、後継者不在による廃業が28.4%を占めました。経営者の平均年齢は2024年で63.59歳、2009年の59.57歳から15年で約4歳上がっています。70代以上の経営者がいる中小企業者は100万者、60代以上では185万者です。
全国48か所に、無料で相談できる窓口がある
相談先が見つからない、という状態はすでに解消されています。国は47都道府県48か所に事業承継・引継ぎ支援センターを置いており、所在地は中小機構の事業承継・引継ぎポータルサイトにまとまっています。
令和6年度の相談者数は23,540者、相談回数は90,638回でした。1者あたりの平均相談回数は3.85回で、前年より増えています。一度で終わらせず、何度か通って課題を整理する使い方が定着したということです。
成果も公表されています。第三者承継の成約件数は2,132件と過去最多で、事業開始以来の累計は12,306件になりました。親族内承継の支援完了件数も1,695件と過去最多です。譲渡が成約した会社は、従業員10名以下が約7割を占めます。小さい会社ほど使いにくい窓口ではありません。
後継者がいない会社と創業希望者を引き合わせる後継者人材バンクもあり、令和6年度の成約は106件、新規登録者は1,551者でした。
AIに任せられるのは「書き出す」作業
AIが強いのは、頭の中にあるものを形にして並べ直す作業です。社長が20分話した録音を渡して要点を並べさせる、日々の判断の理由を質問形式で引き出させる、部門ごとの業務手順を読みやすい順番に直させる。どれも準備段階の負担を下げます。
逆に、AIに決めさせてはいけないものがはっきりしています。誰に継がせるか、いつ伝えるか、いくらで譲るかの3つです。ここは事実ではなく意思の領域で、外部の道具が代われる場所ではありません。
社内の手順書づくりから入るなら、社内マニュアル・手順書をAIで読みやすく整える方法が具体的な進め方の参考になります。
事業承継計画のたたき台をAIで作る
見える化が終わったら、計画づくりに進みます。ここで強調しておきたいのは、前掲のガイドラインが、計画書という成果物を作ること自体は最終的な目的ではないと注意している点です。現経営者と後継者が対話しながら作る過程にこそ意味がある、という整理です。
だからこそ、たたき台はAIで構いません。空白の様式を前に固まる時間を減らし、対話の時間に回すための使い方です。
そのまま使えるプロンプト例
あなたは中小企業の経営者を手伝う整理役です。事業承継の準備に使う「見える化シート」のたたき台を作ってください。会社:[業種・従業員数・創業年]/経営者の年齢:[歳]/後継者候補:[いる(続柄・年齢)/いない]。条件:(1)会社の経営状況と、事業承継の課題の2つに分けて項目を並べる。(2)各項目は質問の形で書き、私が答える空欄を付ける。(3)私が伝えていない数字・氏名・日付は補わず「要確認」と書く。(4)最後に、税理士や支援センターに相談すべき項目だけを別枠でまとめる。
出てきた一覧は、そのまま窓口へ持ち込めます。相談の初回で聞かれる内容の大半は、この2区分に収まります。
AIに渡してはいけないもの
入力する前に切り分ける
事業承継の資料には、家族の氏名と続柄、個人の資産、相続の希望、取引先との条件が混ざります。社外のAIサービスに丸ごと貼り付ける作業ではありません。個人名は「後継者候補A」に置き換え、金額は桁だけ残す。それだけで渡せる範囲が広がります。
入力してよい情報の線引きは、AIに入力してはいけない情報一覧と安全な言い換え方に一覧があります。
もう1点。株価の評価、相続税額の試算、契約書の判断は、AIの答えをそのまま使える領域ではありません。下読みは任せ、判断は専門家に渡す——この分け方は契約書の確認と同じです(AIで契約書・見積書を確認するときの注意点)。
よくある質問(Q&A)
後継者がまだ決まっていないのに、準備を始める意味はありますか。
あります。見える化と磨き上げは引き継ぎ先が決まる前にやる段階で、親族内でも第三者でも同じ資料を使います。むしろ相手が決まっていない時期にこそ、自社の中身を説明できる形にしておく必要があります。
従業員5人の会社でも、公的な窓口は相手にしてくれますか。
相手にしてくれます。事業承継・引継ぎ支援センターで譲渡が成約した会社は、従業員10名以下が約7割です。売上高でも1億円以下が6割を超えており、小規模な事業者の支援が中心になっています。
事業承継の資料づくりに、AIはどこまで使っていいんですか。
文章にする作業までです。項目出し、聞き取りメモの要約、手順書の整形、説明文の下書きは任せられます。後継者の決定、伝える時期、金額の判断は経営者が決め、税務と法務は専門家に確認してください。
まとめ
- 準備の着手はおおむね60歳が目安。5段階の最初の2つ、見える化と磨き上げは社内で進められる。
- 2024年は内部昇格36.4%が同族承継32.2%を上回った。休廃業・解散62,695件のうち51.5%が黒字。
- 相談先は全国48か所で令和6年度の相談者は23,540者。AIは書き出す作業、決めるのは経営者。
事業承継の相談が遅れる理由は、資料が難しいからではありません。書き始める最初の30分が重いからです。白紙に向かって自社の強みを書ける経営者は、そう多くありません。AIに項目を並べさせ、質問に答える形にするだけで、その重さはかなり減ります。
そしてもう一つ。見える化でできた資料は、承継しない年にも役に立ちます。融資の説明にも、採用にも、社内の引き継ぎにも同じものが使えます。この目安をまだ先だと感じる方も、今年の決算が終わったタイミングで一度だけ作ってみてください。ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
── AutoAIPlatform編集部