停電した朝、最初に足りなくなるもの
台風が抜けた朝、事務所のブレーカーが落ちていた。工場の前の道が冠水して車が入れない。こうした日に経営者が最初に直面するのは復旧作業ではなく、「何を、誰に、どう伝えるか」を全部いっぺんに決めなければならないことです。どれも文章にしないと伝わりません。電話を100件かけることはできないからです。
問題は、災害が起きた当日にまともな文章は書けないという単純な事実です。情報が足りず、電話が鳴り、自分の家のことも気になる。だから連絡文は、何も起きていない平日の午後に作っておくしかありません。
備蓄は進んだ。伝える準備だけが空白
内閣府(防災計画担当)の令和7年度実態調査(有効回答1,759社)によれば、事業継続計画(BCP)の策定率は大企業75.8%、中堅企業54.8%。備蓄も進み、中堅企業で飲料水76.7%、食料品70.5%に達しています。
注目したいのは、調査が挙げた「課題」のほうです。大企業・中堅企業ともに最も多かった回答は「自社従業員への取組の浸透」、次いで「取組時間・人員の確保」でした。物は買えたが、それを人に伝えるところで止まっている会社が最も多い。備蓄品はお金で解決できますが、「その日、誰が誰に何を伝えるか」はお金では買えません。
「うちは中堅企業ではない」という方へ
用意する連絡文は3通でいい
災害時に必要な文書を数え上げると際限がなくなります。最初に用意するのは3通だけと決めてしまうのが実務的です。1通目・社員あては「本人と家族の無事」「出社の可否」「次の連絡はいつ」の3点。番号で返させると集計が楽になります。2通目・取引先あては納品・工期への影響、3通目・お客様あては営業するか休むかです。
2通目・取引先あては納品・入金・工期への影響。大事なのはまだ分からないことは「分からない」と書くことで、復旧の見込みを安易に約束すると後で二重の謝罪が必要になります。3通目・お客様あては営業するのか、時間を短縮するのか、休むのか。ウェブサイトやSNS、店頭の貼り紙に同じ文面を出せる形にしておきます。
| 宛先 | いつ出すか | 必ず書くこと | 書いてはいけないこと |
|---|---|---|---|
| 社員 | 発災後すぐ(1時間以内) | 安否の返信方法、その場にとどまる指示、次の連絡時刻 | 出社の強要、根拠のない安全宣言 |
| 取引先 | 状況が1つでも確認できた時点 | 確認できた事実、影響が出る範囲、次に連絡する時刻 | 復旧日の断定、責任の所在への言及 |
| お客様 | 営業判断が決まった時点 | 営業するか休むか、再開の見込み、問い合わせ先 | 被害の詳細、他社や地域の状況の推測 |
3通に共通するのは「次に連絡する時刻」を必ず書くという一点。これがあると、受け取った側は次の連絡まで問い合わせを控えてくれます。災害時に会社の手を最も奪うのは、実は問い合わせ対応です。
「動かないでください」を先に決めておく
1通目に必ず入れておきたいのが「安全が確認できるまで、その場にとどまってください」という指示です。東京都帰宅困難者対策条例は第七条で、事業者に対し従業者が一斉に帰宅することの抑制に努め、施設内での待機の指示その他の必要な措置を講じるよう定めています。
3日分の備蓄という数字にも理由があります。発災直後の3日間は人命救助が最優先され、道路も救助・救急の車両が使います。その時間帯に何万人もが一斉に歩き出すと、救助そのものを妨げる。この「動かないでください」は口頭では伝わりません。平時に文章にして、なぜとどまるのかまで書いておく必要があります。
AIに任せてよい範囲と、人が決める範囲
AIに任せてよいのはひな形の文面、宛先別の言葉づかい、文章の短縮、返信の選択肢。どれも「書く手間」であって「決める仕事」ではありません。
逆に人が決めるのは社員の安否をどう判断するか、営業するか休むか、納期をいつと約束するか、被害のどこまでを公表するか。AIは自社の設備も取引先との経緯も知らないまま、知っているような調子で書いてきます。
平時の90分で3通そろえる
第1歩・宛先を3つに絞る。社員・取引先・お客様以外は考えないと決めます。最初から完璧を目指すと、たいてい1通もできあがりません。第2歩・AIでひな形を出す。1通ずつ頼むより、まとめて頼んだほうが文体がそろいます。出てきた文章は7割の出来で構いません。白紙から会議を始めるより、直す紙がある会議のほうが早く終わります。
第3歩・空欄を決める。当日に埋める部分だけを角かっこで残します(目安は1通あたり3〜5か所)。第4歩・置き場所を決める。停電すれば共有フォルダには触れません。印刷して事務所と自宅に置き、スマートフォンにも入れておきます。
そのまま使えるプロンプト
角かっこを自社の内容に置き換えてください。1回のやりとりで3通が出てきます。
肝は条件2と条件4です。条件2がないと、AIは全部を空欄にした汎用テンプレートを出してきます。条件4は、AIが「明日には復旧の見込みです」といった根拠のない見通しを書き足すのを防ぐ指示です。
空欄の作り方と、置き場所・送る手段
原則は「災害の種類によって変わるものだけを空欄にする」。空欄にすべきなのは、事象の名前、日付と時刻、被害を受けた場所、次に連絡する時刻、営業再開の見込みの5種類。変わらない部分を書き切っておくから、当日の作業が5分で終わります。なお「被害の程度」を空欄にするのは避けてください——発災直後に程度は分かりませんし、評価が変わると訂正が要ります。
空欄に「被害の程度」を入れない
送る手段は最低2つ。社員向けはビジネスチャットとSMSの2本立てが現実的です。お客様向けはウェブサイトとSNS、そして店頭の貼り紙。貼り紙は電気が要らない唯一の手段で、停電時にはこれが最も強い連絡手段になります。連絡先の一覧も紙で持ってください。
計画にすると税制と融資が使える/AIにやらせてはいけないこと
3通ができたら、その先に進む道があります。中小企業庁の事業継続力強化計画の認定制度です。令和8年6月末時点の累計認定件数は100,864件。認定を受けると対象設備について特別償却16%の措置を受けられます。計画の下書きもAIで作れますが、記載する設備や金額は必ず人が決めてください。
災害時のAI利用には固有の危うさもあります。当日の被害状況や安否情報をAIに入力しないこと——社員の氏名や家族の状況は取り扱いに注意が要る個人情報です。災害の現況をAIに質問して判断材料にしないこと——通行止めや避難情報は気象庁・自治体の発表を直接見てください。お見舞いの文をAIに丸ごと書かせて送らないこと。線引きはAIに入力してはいけない情報一覧へ。
よくある質問(Q&A)
従業員が10人くらいの会社でも、こういう文書は必要ですか。
必要です。むしろ人数が少ない会社ほど効きます。10人なら電話で足りると思われがちですが、災害時は回線が混雑してつながりません。文章にしてチャットとSMSで一斉に流せば1分で届きます。用意するのはA4に3通、それだけです。
AIが作った文章を、そのまま社員に送っても大丈夫ですか。
ひな形の段階では構いませんが、送る前に経営者が必ず一度読んでください。AIの文章は丁寧ですが、他人事のような響きになることがあります。災害時の連絡文は、会社が社員をどう扱うかがそのまま出る文書です。「みなさんとご家族のご無事を第一に考えています」の一文が自社の言葉になっているかを確認してください。
BCPを作らないといけないと言われますが、何から始めればいいですか。
この3通の連絡文から始めるのが最短です。分厚い計画書を目指すと、たいてい途中で止まります。3通ができたら、次は中小企業庁の事業継続力強化計画の様式を見てください。認定されれば特別償却16%の税制措置や低利融資の対象にもなります。作成は商工会議所や各地の経済産業局が相談を受け付けています。
まとめ
- 災害時に必要な連絡文は社員・取引先・お客様の3通。当日は書けないので、平時にAIでひな形を作り、空欄を3〜5か所だけ残す。
- 内閣府 令和7年度調査では中堅企業のBCP策定率54.8%(前回比+9.3ポイント)。最大の課題は「自社従業員への取組の浸透」で、物より伝達が遅れている。
- 社員あての1通には「安全が確認できるまでその場にとどまる」指示と理由を入れる。東京都帰宅困難者対策条例が事業者に求める一斉帰宅の抑制と同じ考え方。
防災の準備というと備蓄品ばかりが思い浮かびます。しかし内閣府の調査が示したのは、備蓄はかなり進み、止まっているのは「人に伝えるところ」だという事実でした。文章は買えません。書くしかありません。今日の午後に1通目を作ってみてください。
大雨で工場が浸水した会社の話を聞いたことがあります。社長は朝5時に現場へ入り、水をかき出しながら電話を受け続けました。社員から「今日は行ったほうがいいですか」、取引先から納品の見通し。夕方になってようやく全員に同じ内容を伝えられたそうです。その日にいちばん時間を奪ったのは、水ではなく電話だったと社長は言いました。
翌年、その会社は3通のひな形を作りました。次に台風が近づいたとき、社長は前日の夜に日付と時刻だけ入れて送ったそうです。当日の朝、電話は数件しか鳴らなかったと聞きました。準備の効果は、やったことが増えるのではなく、やらずに済むことが増える形で現れます。
── AutoAIPlatform編集部