トラックは走っているのに、事務が終わらない
運送会社の一日は、車庫に戻った時点では終わりません。点呼を受けて、そこからようやく「書く仕事」が始まります。10時間走ったあとの帳票がいちばん重いという声をよく聞きます。この時間は2024年4月から「削らねばならない時間」にもなりました。自動車運転者の時間外労働に年960時間の上限規制がかかったからです。走る時間は荷主の都合と道路事情で決まります。削れるのは、車庫に戻ってからの事務のほうです。
AIは荷を積めませんし、ハンドルも握れません。しかし口で言ったことを、読める文章にすることだけは確実にできます。この記事では、運転席のスマートフォンで無料のAIアプリを開くだけで試せることだけを扱います。
数字で見る、いまの運送業
国土交通省がまとめた「貨物自動車運送事業者数(規模別)」(令和7年3月31日現在)によれば、全国のトラック運送事業者は62,383者、うち保有車両10両以下が34,164者で54.8%を占めます。101両以上はわずか2.1%。数のうえでは圧倒的に小さな会社の集まりです。
国土交通省の「物流を取り巻く動向と物流施策の現状・課題」では、トラック運送事業は全職業平均より労働時間が長く所得が少ないこと、有効求人倍率が全職業平均の約2倍に達していることが示されています。より深刻なのは待たされている時間です。同じ資料は2020年から2024年にかけて荷待ち・荷役時間は1運行あたり約3時間のまま横ばいだと明記しています。平均拘束時間は12時間26分から11時間46分へ縮みましたが、待つ時間は動いていません。縮んだのは走る時間だけ。国の試算では、対応がなければ2030年度に輸送能力の約34%が不足するとされています。
法改正で増えたのは「書く仕事」だった
国土交通省の「物流効率化法について」によれば、2025年4月に努力義務(積載効率の向上等・荷待ち時間の短縮・荷役等時間の短縮)が始まり、2026年4月から特定事業者への規制的措置が始まりました。努力義務は規模にかかわらず全事業者に。重い義務は、下表の基準を超える事業者だけが負います。
| 区分 | 指定される基準 | 2026年4月からの主な義務 |
|---|---|---|
| 特定荷主/特定連鎖化事業者 | 取扱貨物が年9万トン以上 | 中長期計画・定期報告・CLOの選任 |
| 特定貨物自動車運送事業者等 | 保有車両が150台以上 | 中長期計画・定期報告(CLOは不要) |
| 特定倉庫事業者 | 保管量が年70万トン以上 | 中長期計画・定期報告(CLOは不要) |
| 上記以外 | 基準未満(大多数の中小) | 努力義務のみ。荷主から実績提出を求められる |
現場に効く変更はもう一つ。国土交通省の「荷待時間や荷役作業・附帯業務の『業務記録』への記録義務の対象が、全車両に拡大」によれば、2025年4月の施行で記録義務の対象が全車両に広がりました。同じ資料は、この記録が「待機時間料や積込料・取卸料などを荷主から適正に収受する根拠とすることができる」と明記しています。記録は、お金を取り返す証拠です。
運行のあとに残る5つの事務
どこにAIを入れるのか。配車の最適化でも需要予測でもなく、運行後に残る5つの事務です。
5つとも、やらなければと分かっているのに、いちばん疲れている時間帯に回ってくる仕事です。下書きがぎこちなくてもトラックは止まりません。AIを試す入口として、これほど安全な場所はありません。
記録は、声で残してAIに整えさせる
車を停めたら、音声入力に思いつくまま話します。「◯◯物流センター、着いたのが9時40分、バースが空かず着け始めが10時25分、手降ろしで11時20分まで」。話し言葉のまま、順番もばらばらで構いません。そのメモをAIに渡し「業務記録の形に整えて。私が言った時刻だけを使って」と頼みます。運転日報も同じメモから「運行内容/立ち寄り先/積卸の状況/気づいた点/翌日の予定、各2行以内」で、1回の指示でまとめて出させます。
最後の一文が肝心です。AIは空欄があると埋めるので、待機が45分でも切りのいい数字に丸められれば根拠として使えません。まるめない、盛らない、言っていない時刻を足させない。音声の扱いは録音・会議の文字起こし、日報の型は報告書・日報をAIで仕上げる方法へ。
説明文と教育資料は、金額を出させずに書かせる
運賃・待機時間料・積込料の金額そのものを、AIに作らせてはいけません。AIは自社の原価も取引経緯も知らないのに、聞かれればもっともらしい数字を書きます。それが契約になれば、責任を負うのは会社です。させるのはこちらが決めた金額の「説明文」だけ。待機の実績を渡し「この実績をもとにお願いする文面を」と頼みます。数字は動かさず、言葉だけを作らせるわけです。伝え方は「値上げのお願い」をAIで下書きするへ。
安全教育も同じです。「今月の指導テーマは追突防止。4トン車中心で市街地の配送が多い」と条件を伝えて資料の案を並べさせる。毎回同じ内容になりがちな教育を揺さぶりますが、AIは気づきの引き出し役であって、判断者ではありません。遅延やバース予約のお願いといった連絡文も、一度型を作らせておけば以降は差し替えで済みます。
任せてよい仕事と、人が決める仕事
「配車を組ませられないか」「拘束時間の計算をやらせられないか」という質問は必ず出ます。汎用AIに改善基準告示の適合判定や運行可否の判断をさせるのは、やめておくべきです。精度の問題だけではなく、間違えたときに、間違えたことが分からないからです。文章の下書きなら読めば変だと気づきますが、計算がずれていても出力からは判断できません。検証済みの前提で動く運行管理システムとは別の話です。理由はAIの回答をそのまま使ってはいけない理由へ。
基準はひとつ。間違えて謝って済むものはAI、済まないものは人。日報の言い回しがぎこちなくても謝れば済みますが、待機時間の記録の誤りや点呼の見落としは済みません。あわせて個人宅の住所や氏名、荷主との契約書をそのままAIに貼り付けないことも先に決めておきます。詳しくはAIに入力してはいけない情報一覧と社員向けAI利用ルールの作り方へ。
帰庫前15分で回す4ステップ
ステップ1は必ず運行中か直後に。帰庫してから思い出すと時刻が曖昧になり、曖昧な記録は交渉で使えません。安全のため、話すのは停車中に。時刻だけは、提出前に指差し確認を。慣れてきたころが危険です。
そして全員一斉に始めないこと。まず1台、まず業務記録だけ。「これは楽だ」と実感してから広げるほうが、結局は早く定着します。進め方は1週間で始めるAI業務改善へ。
そのまま使えるプロンプト
[ ]を埋めるだけで使えます。スマホのメモに保存しておいてください。
最後の条件が大切です。補わせない・まるめさせないと明示すれば、AIが推測で埋める余地はかなり減ります。それでもゼロにはならないので、出てきた時刻は必ず自分の目で確かめてください。指示の書き方はAIへの指示の基本の書き方へ。
よくある質問(Q&A)
うちは10台くらいの会社ですが、物流効率化法って関係ありますか?
中長期計画や定期報告といった義務は保有車両150台以上の事業者が対象なので、指定はされません。ただし積載効率の向上・荷待ち時間の短縮・荷役等時間の短縮という努力義務は、規模にかかわらず全事業者にかかります。取引先の荷主が特定事業者なら、実績提出を求められることも。記録自体が備えになります。
スマホの操作が苦手なドライバーでも使えますか?
使えます。この記事の使い方は音声入力とコピー&ペーストだけで完結します。文字入力が苦手な方ほど相性がよく、手書きより早く終わるという声もあります。まずは若手ではなくいちばん日報を面倒がっている人から。安全のため、話すのは必ず停車中に。
荷待ち時間の記録って、そんなに細かく書かないとダメですか?
国土交通省の資料によれば、荷主都合で30分以上待機した場合が対象で、集貨地点・到着時刻・出発時刻・積込みや取卸しの開始と終了を記録します。荷役作業等は契約書に明記されていれば合計1時間以上で対象です。この記録が待機時間料や積込料を請求するときの根拠になります。
まとめ
- AIが最初に効くのは配車や需要予測ではなく、運行のあとに残る事務。業務記録・運転日報・荷主への説明・安全教育・連絡文。
- 線引きは1本。間違えて謝って済むものはAI、済まないものは人。運賃・待機の実績・点呼と運行の可否は人が決める。
- 回し方は、声でメモ→AIで整形→時刻だけ人が直す→そのまま送る。帰庫する前に半分終わらせる。
全国のトラック運送事業者の半分以上は、保有車両10両以下の会社です。人も車も増やせない以上、ハンドルを握れる時間を1分でも増やすしかありません。同じ考え方を別の業種に当てはめた建設業・工務店のAI活用や小売店のAI活用もあわせてご覧ください。
運送業のAIの話は、自動運転やAI配車といった見栄えのする事例に寄りがちです。けれど現場が困っているのは、もっと地味なところでした。バースが空くのを待った時間が記録に残っていない。だから請求もできない。AIは、その時間を記録に変えます。劇的ではありませんが、「いつも待たされる」という感覚の話が、日付と時刻の並んだ事実の話になる。次に待たされたときに一度だけ、到着時刻と開始時刻を声で残すところから始めてみてください。
── AutoAIPlatform編集部