聞かれてから考えるか、聞かれる前に用意しておくか
パートタイム・有期雇用労働法は、正社員とパート・有期雇用の方との間で、基本給・手当・福利厚生などに不合理な差を設けることを禁じています。いわゆる同一労働同一賃金です。そしてこの法律には、待遇に差があるとき、本人から求めがあれば会社が理由を説明しなければならないという定めがあります。ここまでは以前からあるルールです。
2026年10月に加わるのは、その一段手前の話です。「説明を求めることができる」という事実そのものを、雇い入れのときに会社から伝えなさいという義務が新しく生まれます。厚生労働省のリーフレット「パートタイム・有期雇用労働者に関するルールが変わります(令和8年10月1日施行)」は、この新しい明示事項について「違反した者は10万円以下の過料に処されます」と明記しています。書き忘れが金銭的な制裁につながる形になりました。
実務の重みは、過料そのものよりも後に来ます。「聞いていいですよ」と会社から先に伝える以上、聞かれたときに答えられる状態を作っておく必要があるからです。手当の一覧、差を設けた理由、比較する相手が誰なのか、答える担当者は誰か。この準備が、10月までの本当の宿題になります。
数字で見る2026年10月の改正
細かい条文に入る前に、押さえておきたい数字を5つ並べます。会議でこの5つを共有できれば、優先順位の話がすぐ始められます。
母数の大きさから確認します。総務省統計局の労働力調査(詳細集計)2026年(令和8年)4〜6月期平均によると、役員を除く雇用者5,878万人のうち非正規の職員・従業員は2,146万人で、割合は36.5%です。うちパート・アルバイトが1,528万人を占めます。働く人の3人に1人以上が、今回の改正の当事者側にいる計算になります。
同じ調査は、非正規という働き方を選んだ理由も集計しています。最も多いのは「自分の都合のよい時間に働きたいから」で810万人、前年同期から79万人の増加です。次いで「家計の補助・学費等を得たいから」が341万人。正社員の仕事がないからという理由は161万人にとどまり、前年同期から15万人減っています。多くの方は納得したうえでその働き方を選んでいます。だからこそ、待遇の違いに理由がないと感じたときの不信は大きくなります。
変わるのは3つ——明示・ガイドライン・説明の方法
今回の改正は3本立てです。厚生労働省のWebマガジン「2026年10月からパートタイム・有期雇用のルールが変わります―3つの改正ポイント」が示す整理に沿って、会社側の作業に翻訳すると次の表になります。
| 改正の中身 | 根拠 | 会社がやること | かかる手間 |
|---|---|---|---|
| 明示事項の追加 | 施行規則 | 労働条件通知書に1行足す | 1時間 |
| ガイドライン改正 | 告示 | 手当と休暇の支給範囲を点検 | 数日 |
| 説明方法の変更 | 告示(指針) | 説明資料の型を作る | 1〜2日 |
| 窓口の明示 | 施行規則 | 部署名と担当者を決める | 30分 |
| 更新時の周知 | 告示(指針) | 契約更新の面談に組み込む | 運用に組み込む |
手間の欄を見ると、重いのは真ん中の2つです。1行足す作業は今日でも終わります。時間がかかるのは、自社の手当がなぜその範囲で支給されているのかを言葉にする作業です。ここは制度の知識ではなく、自社の事情を整理する仕事なので、外注もできません。
労働条件通知書に1行増える
現在、パート・有期雇用の方を雇い入れたときには、労働基準法で決まっている事項に加えて、パートタイム・有期雇用労働法で4つの事項を文書で明示することになっています。昇給の有無、退職手当の有無、賞与の有無、相談窓口の4つです。2026年10月からは、ここに5つ目として「待遇の相違等に関する説明を求めることができる旨」が加わります。
厚生労働省は改正後のモデル労働条件通知書を公表しています。リーフレットに載っている記載例は、次の窓口に対して通常の労働者との間の待遇の相違(内容・理由)等について説明を求めることができる、として部署名・担当者職氏名・連絡先を書く形です。「通常の労働者」は自社の呼び方(正社員など)に置き換えて書いてもよいとされています。難しい言い回しを避けたい会社には助かる注記です。
担当者名まで書く欄がある
記載例には連絡先を書く欄があります。窓口を決めずに通知書だけ直すと、書けない欄が残ります。総務が受けるのか、店長が受けるのか、社会保険労務士に取り次ぐのか。人を決めてから書式に手をつける順番のほうが早く終わります。
手当と休暇の考え方が具体例で示された
2つ目の改正は、同一労働同一賃金ガイドラインの改正です。ガイドラインは、どのような待遇差が不合理と認められるのかを具体例つきで示したもので、今回は裁判例などを踏まえて賞与・退職手当・各種手当・福利厚生の記載が見直されました。中小企業の実務に効くのは手当と休暇の部分です。
家族手当については、厚生労働省のリーフレットが「労働契約の更新を繰り返している等、相応に継続的な勤務が見込まれるパートタイム・有期雇用労働者には、正社員と同一の家族手当を支給しなければなりません」と明記しています。住宅手当も、それが転居を伴う配置変更の有無に応じて支給されるものであれば、同じ条件のパート・有期雇用の方には同一の支給が必要とされました。夏季冬季休暇については、正社員と同一の休暇を付与しなければならないと示されています。
ほかにも、正社員と業務内容が同一なら同一の無事故手当を支給すること、一定期間勤続した人に贈る褒賞は同じ勤続年数のパート・有期雇用の方にも付与すること、正社員に病気休職中の給与保障があるなら継続勤務が見込まれる方にも同様の保障を行うことが挙げられています。いずれも「なぜその手当を出しているのか」という目的から考える構造になっています。
定年後に継続雇用された有期雇用の方についても記載が加わりました。待遇差が不合理かどうかは待遇の性質・目的に照らして判断されるため、定年後継続雇用であることだけを理由に不合理でないとは言えない、という整理です。「再雇用だから下げてよい」という説明は、それ単独では通らなくなったと読むのが安全です。
説明の方法が2つに絞られた
3つ目は雇用管理指針の改正で、説明のしかたに具体的な形が定められました。パートタイム・有期雇用労働法では、待遇差がある場合、本人から求めがあれば会社は待遇差の内容と理由、そして法第6条から第13条までの措置を講じるにあたって考慮した事項を説明しなければなりません。その説明の方法について、リーフレットは「説明すべき事項を全て記載した分かりやすい内容の資料を交付する等の方法」または資料を活用して口頭で説明する方法のいずれかによると明記しています。
ここが実務上いちばん大きい変更です。これまで許容されていた「口頭だけの説明」が、事実上できなくなりました。口頭で説明する場合も資料を活用することが前提で、さらに活用した資料を交付することが望ましいとされています。個人情報の漏えい防止などの観点から交付が難しい場合でも、あとから求めがあれば閲覧させるなどの工夫に努めるよう促されています。
加えて指針は、説明の求めがない場合の対応にも触れています。契約更新時などに、待遇差の内容・理由に関する分かりやすい資料を交付したり、説明を求められることを周知したりする対応が望ましいとされました。求められてから慌てるのではなく、更新面談の定型作業として組み込んでおくほうが、結局は楽になります。
AIに任せてよい作業と、人が決める判断
ここからが本題です。10月までに用意するものは、要するに「わかりやすい資料」と「答えられる状態」の2つです。この2つは性質がまったく違います。
AIが得意なのは、決まった事実をわかりやすく並べ直す作業です。「賞与は支給しない」という事実を、読んだ人が納得しやすい順番と言葉に組み替えるのはAIの仕事になります。想定問答を10問つくる、専門用語をやさしく言い換える、表の見出しをそろえる。こうした作業は下書きを数分で用意できます。
一方で、なぜその差を設けているのかという理由は、会社が決めるものです。AIは自社の賃金制度も、正社員に求めている役割も知りません。理由を空欄のままAIに渡せば、AIはもっともらしい理由を作ってしまいます。作られた理由をそのまま本人に説明すれば、事実と違う説明をしたことになります。AIの答えをそのまま使ってはいけない理由はAIの回答をそのまま使ってはいけない理由と確認手順で詳しく扱っています。
10月までにやる4歩
準備は4つに分けると進みます。順番にも意味があります。
最初に通知書を直すのは、これが一番軽いからです。次に待遇の一覧を作ります。基本給の決め方、賞与、退職金、通勤手当、家族手当、住宅手当、慶弔休暇、夏季冬季休暇、社員食堂や休憩室の利用条件。正社員とパート・有期雇用の方で扱いが違うものを、まず全部書き出します。ここで「そもそも支給していない手当」も欄に残しておくと、あとで理由を書く段になって漏れません。
3歩目が山場です。書き出した差の一つひとつに、理由を1行で書きます。職務の内容が違うのか、責任の重さが違うのか、配置の変更範囲が違うのか。この3つの観点で説明できない差は、不合理と判断される可能性が残ります。4歩目の窓口決めは30分で終わりますが、決めないと通知書の欄が埋まりません。
そのまま使えるプロンプト
2歩目と3歩目で使えるプロンプトを置きます。角かっこの部分を自社の内容に置き換えて、AIに貼り付けてください。
条件1が要になります。理由の欄を空けたままAIに渡すと、AIは自然な文章にするために理由を補ってしまうからです。[要確認]と書かせておけば、人が埋めるべき場所が目で見えます。プロンプトの組み立て方そのものはAIへの指示(プロンプト)の基本の書き方にまとめてあります。
待遇差説明シートに入れる5項目
交付する資料に何を書けばよいのか。指針が求めている事項を実務の言葉に置き換えると、次の5つになります。
| 項目 | 書く内容 | よくない書き方 |
|---|---|---|
| 比較する相手 | 職務が最も近い正社員の職種と等級 | 「正社員全体」とだけ書く |
| 違いの内容 | 手当ごとに支給の有無と金額の考え方 | 「規程のとおり」で済ませる |
| 違いの理由 | 職務・責任・配置変更の範囲のどれが違うか | 「雇用形態が違うから」 |
| 考慮した事項 | 待遇を決めるときに見た要素 | 書かずに省略する |
| 窓口 | 部署名・担当者・連絡先 | 「担当者まで」とだけ書く |
右の列は、実際に相談の現場でよく見る書き方です。どれも嘘ではありませんが、読んだ本人が納得できる情報量になっていません。とくに3行目の「雇用形態が違うから」は理由になっていません。パートタイム・有期雇用労働法が禁じているのは、まさに雇用形態を理由にした不合理な差だからです。
面談で使う言葉、避けたい言葉
資料ができても、渡し方で伝わり方は変わります。面談では次の順番が落ち着きます。まず資料を一緒に見て、比較している正社員が誰かを示す。次に違いの一覧を上から読む。最後に理由を説明する。結論から入るのではなく、比較の土台をそろえてから理由に進むと、話がかみ合いやすくなります。
避けたいのは、その場で結論を作ってしまう言葉です。「検討します」「たぶん来年から変わります」「他社もこうです」。記録に残らない約束は、後から双方を苦しめます。答えられない質問が出たら、その場で答えず「確認して、いつまでに回答します」と伝えるのが安全です。言いにくい話題の伝え方は「言いにくいこと」をAIに書かせる前にで扱っています。
説明の記録を1行だけ残す
日付、説明した人、渡した資料の版、質問された内容。この4つを1行で残しておくと、次の更新時に前回の続きから話せます。表計算ソフトの1シートで足ります。記録の整理をAIに手伝わせる方法はAIで社内の情報共有・ナレッジをまとめるにあります。
やってはいけない「待遇差の解消」
差を埋める方向を間違えると、別の問題が起きます。リーフレットは、不合理な待遇差を解消する際には正社員の労働条件を不利益に変更するのではなく、パート・有期雇用の方の労働条件の改善を図ることが求められる、と示しています。正社員の手当を削って差をなくす、という解き方は想定されていません。就業規則の不利益変更という別の論点にも触れることになります。
もうひとつ、いわゆる「正社員人材確保論」への言及も加わりました。正社員の確保や定着を図るという目的があったとしても、それだけで待遇差が不合理でないと当然に認められるわけではない、という整理です。「正社員に辞められると困るから」は、単独では説明として弱いと考えておくのが無難です。
なお無期雇用フルタイム労働者はパートタイム・有期雇用労働法の適用対象ではありませんが、労働契約は均衡を考慮して締結すべきものであり、ガイドラインの趣旨を考慮すべきとされています。有期から無期に転換した後の労働条件も、転換前に差の有無を点検しておくことが求められます。いわゆる多様な正社員についても同様です。
今日確認する5項目
準備の進み具合は、次の5点で点検できます。
- パート・有期雇用の方に使っている労働条件通知書の様式を手元に出したか
- 正社員と扱いが違う手当・休暇・福利厚生を全部書き出したか
- 差の一つひとつに、職務・責任・配置変更のどれが違うかを1行で書けたか
- 説明を受け付ける部署名と担当者を決め、連絡先を確定したか
- 契約更新の面談で資料を渡す運用を、担当者と共有したか
5つ全部そろっている必要はありません。まずは2つ目、扱いが違うものを書き出すところから始めてください。一覧がないと、理由も窓口も先に進みません。
よくある質問(Q&A)
うちは10人ぐらいの会社なんですが、これも対象になるんですか。
はい、対象になります。パートタイム・有期雇用労働法の明示義務に、企業規模による除外はありません。パートタイム労働者または有期雇用労働者を1人でも雇い入れるのであれば、2026年10月1日以降の雇い入れから新しい明示事項が必要です。明示しなかった場合は10万円以下の過料の対象になります。まずは使っている労働条件通知書の様式に1行足すところから始めてください。
前から働いている人にも、あらためて説明資料を配らないといけませんか。
明示の義務は「雇い入れたとき」にかかるものなので、すでに働いている方への再交付が一律に義務づけられるわけではありません。ただし雇用管理指針は、説明の求めがない場合でも労働契約の更新時などに待遇差の内容・理由に関する分かりやすい資料を交付することが望ましいとしています。有期契約の方は更新のたびに雇い入れの手続きが発生するため、実務上は更新面談にあわせて配るのが自然です。
説明の資料をAIに作らせて、そのまま渡してもいいですか。
下書きまでにとどめてください。理由や支給範囲は自社の事実であって、AIは知りません。空欄を埋めようとしたAIが、実在しない理由をもっともらしく書いてしまうことがあります。事実と違う説明を書面で渡すと、後から訂正するほうが手間になります。AIには文章の整理と想定問答づくりを任せ、比較する相手・違いの内容・理由の3点は人が確認してから交付してください。
まとめ
- 2026年10月1日から、「待遇の相違等に関する説明を求めることができる」旨の明示が義務になる。違反は10万円以下の過料で、企業規模による除外はない。
- 同一労働同一賃金ガイドラインと雇用管理指針も同時に改正され、家族手当・住宅手当・夏季冬季休暇の考え方が具体例で示され、説明の方法は資料を前提とする2つに絞られた。
- 10月までの宿題は「わかりやすい資料」と「答えられる状態」。文章の整理と想定問答はAI、待遇差の理由と最終確認は人が担う。
制度改正の話は書式の話に見えます。けれど現場で起きるのは、休憩室での「なんで私は違うんですか」という一言です。そこで黙ってしまうか、A4一枚を出せるか。差の中身より、理由を用意してあるかどうかが信頼を分けます。下書きなら、今日の午後にでも作れます。
ある小さな製造業で、パートの方から賞与について聞かれた総務担当者が、その場で「制度なので」と答えたそうです。悪意はまったくありませんでした。ただ、聞いた側には突き放されたように届いてしまった。理由を持っていない言葉は、どんなに丁寧に言っても壁として伝わります。
今回の改正は、書式の義務に見えて、実は「理由を言葉にしておきなさい」という要求だと受け取っています。言葉にする作業は重いですが、下書きと整理まではAIが数分で引き受けてくれます。整えるのはAI、理由を決めて渡すのは人。ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
── AutoAIPlatform編集部