技能継承に問題がある事業所は4割超
厚生労働省が2026年7月31日に公表した令和7年度「能力開発基本調査」によると、技能継承に問題があるとした事業所は44.2%でした。対象は常用労働者30人以上の事業所で、7,194事業所に調査票が送られています。
業種で差がはっきり出ています。製造業は65.8%、建設業は59.2%と、現場の技能に支えられた業種ほど高い割合です。企業規模別では100〜299人が50.8%で最も高くなりました。
「技能」と聞くと工場の職人を思い浮かべがちです。しかし調査は全業種が対象で、事務所の段取りや見積もりの勘所も同じ問題を抱えています。
足りないのは「人」と「時間」
問題点の内訳を見ると、最も多いのは「意欲のある若者・中堅層の確保が難しい」の74.5%でした。継ぐ人がそもそも来ない、という悩みです。
2番目は60.6%の回答です。厚生労働省の「調査結果の概要」は、この選択肢を「技術・ノウハウ等の伝承に時間がかかり円滑に進まない」と明記しています。継ぐ人がいても、教える時間が取れないという問題です。
ほかに、覚えた人が辞めてしまう28.5%、教える人材がいない25.8%が続きます。年代やレベルの差で話がうまく通じない、という回答も25.7%ありました。
このうち採用の問題は、AIでは解決できません。一方で「時間がかかる」「話が通じない」の2つは、教える手間を減らす工夫で軽くできる余地があります。AIが役に立つのはこちら側です。
取り組みは8割超、文書にしているのは2割
同じ調査で、技能継承の取組を行っている事業所は83.7%でした。30〜49人の事業所でも75.9%と、7割を超えています。問題を放置している会社は少数です。
ただし、取組の中身には偏りがあります。多いのは中途採用を増やす56.2%と、退職者を再雇用して指導者にする54.7%でした。どちらも「人を確保する」対策です。
| 取組 | 実施割合 | 弱点 | AIが手伝える所 |
|---|---|---|---|
| 中途採用を増やす | 56.2% | 採れても教える時間は要る | 入社後の手順書づくり |
| 再雇用で指導者にする | 54.7% | 口頭だけだと残らない | 話した内容の文書化 |
| 文書化・マニュアル化 | 22.0% | 書く時間が取れない | 聞き取りと清書 |
| 特別な教育訓練 | 15.6% | 教材の準備が重い | 教材のたたき台 |
| 伝えることを絞り込む | 12.4% | 何が大事か選びにくい | 候補を並べて比べる |
一方で、退職予定者のノウハウを文書化・データベース化・マニュアル化している事業所は22.0%にとどまります。人に頼る対策は、その人が辞めた時点で途切れます。文書は残ります。
ベテランが社内にいる今が、いちばん話を聞ける時期
文書化を後回しにできる理由の一つは、ベテランがまだ社内にいることです。厚生労働省の令和7年「高年齢者雇用状況等報告」の集計結果によると、70歳までの就業確保措置を実施済みの企業は34.8%でした。中小企業では35.2%です。
同報告の発表資料は、70歳までの就業機会の確保を「事業主の努力義務としています」と明記しています。集計対象は21人以上の企業237,739社です。一方、定年を60歳とする企業も62.2%残っています。
経済産業省などがまとめた2026年版ものづくり白書も、技能継承の取組として最も多いのは、再雇用や勤務延長で高年齢の従業員に働き続けてもらう方法だと紹介しています。その割合は54.8%です。
つまり多くの会社では、ベテランが再雇用で残っている数年間が、技能を言葉にできる実質的な猶予です。この時間を「いてくれるから安心」で終わらせず、話を聞く時間に変えることが大切です。
AIは「聞き取り役」と「清書役」に向く
ベテランに「マニュアルを書いてください」と頼んでも、なかなか進みません。書く作業が苦手なのではなく、自分が何を知っているのかを本人が意識していないからです。慣れた作業ほど、手順は体に入っていて言葉になりません。
そこでAIには、質問を作る役と、話した内容を整える役を任せます。ベテランは質問に答えて話すだけでよく、書く負担がほぼなくなります。録音の文字起こしは、多くのAIツールでできるようになりました。
話すのが得意な人は、書くより話すほうが圧倒的に早いものです。文字起こしの注意点は録音・会議の文字起こしをAIで行う方法と注意点にまとめています。
ノウハウを文書に残す4歩
1歩目は、残す仕事を3つに絞ることです。全部を一度に残そうとすると、必ず途中で止まります。選ぶ基準は「その人が休むと止まる仕事」「判断が要る仕事」の2つです。
2歩目は、30分ほどの聞き取りです。質問はAIに作らせ、若手が聞き手になります。なぜそうするのか、失敗するとどうなるのかを必ず聞いてください。手順より理由のほうが、文書から抜け落ちやすいからです。
3歩目で、録音の文字起こしをAIに渡して手順書の形に整えます。4歩目では、本人と若手が一緒に読み、実際に1回その手順で作業します。若手が手順書だけで作業できたら完成です。
聞き取りの質問をAIに作らせる
聞き取りの質は、質問で決まります。「普段どうしていますか」だけでは、いつもの手順しか出てきません。例外や失敗の場面を聞く質問を、AIに用意させるのがコツです。
そのまま使えるプロンプト例
あなたは中小企業の技能継承を手伝う聞き取り役です。ベテラン社員から[仕事の名前]のやり方を聞き取るための質問リストを作ってください。会社:[業種・従業員数]/ベテランの経験年数:[年]/聞き手:[入社◯年目の若手]。条件:(1)30分で聞ける12問以内にする。(2)手順だけでなく「なぜそうするのか」「失敗するとどうなるか」「例外はいつ起きるか」を必ず入れる。(3)専門用語は聞き手が分かる言葉に直す。(4)私が伝えていない数値や基準は補わず「要確認」と書く。
聞き取りが終わったら、文字起こしを渡して「この内容を手順書にして。話に出てこなかった部分は空欄のままにして」と頼みます。空欄は、次の聞き取りで聞く質問になります。整えた手順書の読みやすさは、社内マニュアル・手順書をAIで読みやすく整える方法で仕上げられます。
AIで残せないものと、渡してはいけない情報
AIが「それらしく」補った部分に注意
AIは話の途中が抜けていると、一般的な手順で穴を埋めてしまうことがあります。温度や寸法、取引先ごとの約束のように会社固有の値は、必ず本人に確かめてください。空欄のまま残すよう指示するのはそのためです。
手の感覚や音の聞き分けのように、言葉にしきれない技能もあります。これは文書だけでは継げません。文書は一緒に作業する時間を短くするための地図と考えてください。動画を撮って手順書に添えるのも有効です。
取引先の名前、単価、顧客の個人情報を含む録音は、そのまま社外のAIサービスに入れないでください。線引きはAIに入力してはいけない情報一覧と安全な言い換え方にまとめています。聞き取りを録音するときは、目的を本人に伝えて了承を取ることも忘れないでください。
よくある質問(Q&A)
ベテランがマニュアルづくりを嫌がるときは、どう頼めばいいですか。
書いてもらうのをやめて、話してもらう形に変えてください。30分の聞き取りなら負担は小さく、清書はAIと若手が引き受けます。「あなたのやり方を残したい」と目的を伝えると、協力を得やすくなります。
うちは10人ほどの会社ですが、技能継承の対策は必要ですか。
必要です。小さい会社ほど、1人が抜けたときの影響が大きくなります。まずはその人が休むと止まる仕事を3つ選び、1つずつ文書にしてください。調査で問題があると答えた事業所の悩みも、多くは時間不足です。
AIで作った手順書は、そのまま新人に渡して大丈夫ですか。
そのままは渡さないでください。AIが一般論で補った部分が混ざることがあります。ベテラン本人が読み、若手が実際に1回作業して、つまずいた箇所を直してから使うのが安全です。
まとめ
- 技能継承に問題がある事業所は44.2%。悩みの上位は若手の確保と、伝承に時間がかかること。
- 取組は83.7%の事業所が行うが、ノウハウを文書にしているのは22.0%。人に頼る対策は、その人が辞めると途切れる。
- AIに質問づくりと清書を任せ、ベテランは話すだけにする。若手が手順書だけで作業できたら完成。
技能継承の話になると、「若い人が来ない」で会話が終わってしまうことがよくあります。採用は時間のかかる課題です。けれど、ベテランの頭の中を言葉にする作業は、今週からでも始められます。
聞き取りをすると、ベテラン本人が「そういえば、こうしていた」と気づく場面がよくあります。文書にする過程そのものが、教える準備になっているのです。まずは1つの仕事から、短い聞き取りを試してみてください。ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
── AutoAIPlatform編集部